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三本目の腕、又はコーヒーカップの記憶。

破壊的衝動に駆られて右腕を引きちぎった次の日、彼が玄関のインターホンを押した。もちろん、発声器官など存在しないので会話をすることはできなかったが。私にはもともと三本の腕があった。しかしながら、どうやら人間というものは腕は二本しかついていないみたいだったので。昨日、バランスの悪い位置に生えていた一本を引き抜いた。そして、その腕を右腕と名付けた。自分で止血をして現在は包帯を巻いている。随分と体が軽くなったのはいいが、三本あった腕でバランスをとっていたからか、今はよろけて歩けない。下水道の中に捨ててきたはずの右腕は、玄関から入ってくると私の前に座った。残念なことだよ。君もとても辛いと思う。けどね、こうするしかなかったんだ。どうやら腕は二本で十分らしい、三本目はいらないんだよ、特に不自由もない。右腕は私の話を黙って聞いていた。耳があるのかはわからないが、日本語の意味を理解しているようにも思えた。そんなのは錯覚に過ぎないのかもしれないが。彼は私のためにコーヒーを入れてくれた。私の戸棚の上にあるインスタントだったが、完璧な温度に調整されていた。私の前まで、珈琲を持ってくると私に飲むように指示をした。私は左腕でそのコップを取ろうとしたが、右腕はそれを拒否した。そうして、こぼさないようにゆっくりと私の近くによると、グラスを口元に当てた。そうだった、右腕はいつもコーヒーカップを持ってくれていたんだった。そう思うと少し懐かしいような、卒業写真を見て名前の覚えていない友達との記憶を探るような気分になった。私はそのコーヒーを飲んだ。午後の光が、さざ波のように窓の隙間から入ってくる。右腕はもうじき腐ってしまうだろう。仕方がないので、それまで一緒に暮らすことにしよう。


映画を観に行きます。