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蝋燭の炎を


蝋燭の炎を見つめていると、その中に私の娘がいるのではないかと思う。三年ほど前に死んでしまった娘が。右に左に揺らめくその炎の先が彼女の私を見つめる目の動きにそっくりなのだ。何かを話しかけてるように煤を出し、吐息に揺れ、暗くなった部屋を仄かに照らしていた。真白の蝋が時間とともに溶けていく、夏に彼女が食べていたアイスクリームみたいに。
部屋の中は暗い、先程電源を全て切ってしまったからだ。スイッチをオフにしてしまったからだ。パチンと。
ここには二つの鼓動している生命がある、私とこの蝋燭。
言葉のない対話が交わされる。それは一種の神聖さを保って。精神は静寂ではない。
うねるような嵐がその身体の中で暴れまわっていた。
「君は、肉体を信じるかい?」
私には肉体はないさ、ただこうして燃えているだけだ。燃えているその事象そのものが私だ。
私には感情もないさ、ただこうして揺れているだけだ、揺れているその行為自体が私だ。

本当だったらダイナマイトになりたかったよ。ボタンを押せば一瞬でボカンと。楽なもんだね、そして派手だ。私はただ溶けていくだけ。ただ燃えているだけ。生産性も何もない。後には煤が少しばかり残るだけさ。

はは、残念。私は彼女ではないよ。彼女はすでに死んでしまったんだ。
仕方がないことだよ、ありとあらゆるありふれた言葉で語られるけど、死んでしまったんだ人間は戻らないんだ。けどね、私と彼女はとても似ている。すごく似ている。

どんなところが、私は聞いた。
肉体がないところかな、炎は答えた。

玄関先で音がした。
すぐに消してしまわなければならない。
彼が帰ってくるから。

炎は彼女の手に包まれて、その尻尾を引っ込めてやがて消えていった。


映画を観に行きます。