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[ショートショート]薄暗い部屋

僕の痛みは緩やかに広がっていく。初めは、殴られた場所が熱くなる。熱い部分が広がる。
殴られている間、僕の意識は僕の体とは別の場所にある。
それは、遠い国の海の上かもしれないし、東京の雨上がりのビルの屋上かもしれない。
場所は広ければどこでもよかった。広ければ広いほど、この埃と鈍い血の臭いのする部屋を忘れることができるから。

男は僕を殴り終えると、リビングに戻りテレビをつけた。
僕は音を立てないように体を起こして、ゆっくりと階段を上った。

二階の隅の部屋は薄い黴の匂いがする。
擦り切れた畳、窓から鈍く常夜灯の光が差し込んでいた。

僕はこの部屋で眠る。
寝ることは好きだった、一度眠りに落ちることさえできれば嫌なことはすべて忘れられるから。

朝起きると、僕はその部屋のカーテンを開ける。
灰色に染まった空が瞼にうつる。
ふと下を見ると、隣の家から黒いスーツをきたお姉さんがでてくるのがみえた。

目があうと、僕に向かって手を振ってくれた。
少し気恥ずかしい。痛みとは違う熱が頬に広がる。
僕はポケットから小さく手をだすと、小さく振り返した。

お姉さんは、小さく微笑むと駅の方へと急いで歩いて行った。
その日から、お姉さんに挨拶をすることが僕の少ない楽しみの一つになった。


映画を観に行きます。