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夜光虫は弾けない


地平線上に虫が見える、私はそれを取って食べようと手を伸ばすがほんの僅かな距離で届かない。その伸ばした手は前方の冷たい空気を掴み、ポケットの中へと消えていく。朝焼けににじむ海が、草原のように炎を上げ私に迫りくる。


まだ、夜の空気を孕んだ風が誰かの耳もとで囁いている。砂浜を一歩歩くと、足跡が、夜光虫を踏み潰してしまったかのように水色に光りだす。それがおかしくてたまらなくて大声を出して笑いながら歩いていく。昨日の海へと投げた手紙は、来週の頭あたりくらいには、ハワイに届くだろう。誰もわからない言語で書いているので、届いたその言葉はすでに失効してしまっている。星の瞬きを頼りにして、私は言葉を生み出す。世界と対話をする言葉だ。そこには主語はない。私達は同一のものだから。そこには、過去形も未来形もない。過去は遠く、未来は想像の中のものだから。そうやって、地球奥深くに存在するマントルに話しかける。落ちていく葉に語りかける。彼らの存在そのものが詩となり、物語となり、やがて風景へと消えていく。その過程のほんの一部分をここで座ってみていなさい。幾千の風景の積み重ねを、地層の変化をみていなさい。誰かがどこかで叫んでる。私は、それを止めることができない。鼓膜を震わせる空気の振動はやがて弱くなり消えていく。振り返ると、私が進んだ足跡に、一匹の小鳥の死骸が転がっていた。まだ、生まれたばかりの黄色い羽を持った小鳥だ。目を閉じて、うっすらと涙を浮かばせている。私はこの鳥のために泣くことができるのだろうか。いやできない。この鳥のために踊ることができるのだろうか。いやできない。両手で優しくその体を掴む。先程まで動いていた心臓の鼓動を聞いてみる。静寂は深い、そこを泳ぐことはできまい。ゆっくりと海に向かって足を運ぶ。そして、おばから習った短い祈りの言葉をつぶやくと、冷たいその肉体を海へと返した。


 私は、ここにいる。私は、ここにいる。私は、ここにいる。
無数散らばる風景の中から誰かが叫ぶ。どうしろというのだ、それは時間とともに遷移していく。留めることなんてできない。
やがて、誰かが扉を叩くだろう。この、世界の始まりの扉を。

映画を観に行きます。