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「何をやっても中途半端」という生き方を選択した話。

私には夢がたくさんある。

小説家になりたい。
漫画家になりたい。
歌手になりたい。
役者になりたい。
ラジオパーソナリティーになりたい。
脚本家になりたい。
作曲家になりたい。
ピアニストになりたい。
画家になりたい。

表現者になりたい。という点で取っ散らかってはいないつもりなのだが、まあ「将来の夢は?」と訊かれてこれだけ答えるのは幼稚園児くらいではないだろうか。
むしろ幼稚園児だってせめて「○○と●●で迷ってて~」なんて答えるに違いない。

私は30代にもなってこんなことを言っている。冷静に自分を見ると「しっかりしてくれよ……」とも言いたくなる。

私は散々noteに書いたが現在はホテルのレストランサービスの職に就いている。以前はピアノの講師をしていたのでこちらの方が表現者に近い気もするが、自分で講師の職を離れる選択をした。
ただ、今の仕事を離れようとは思っていない。というか、もっと極めたい。プロと言えるくらいに。なんていう野望すら持っている。

もしも80まで生きるとしたら、人生あと50年も残されていない。50年の間に挙げたような夢をすべて叶えられるなんて思ってないし、だけどその気持ちって、「あきらめ」とは違う気がしている。

そもそも、私がこんなにたくさんの夢を持って、「これが私の夢です!」と言えるようになったのは、うつ病になってからだった。

その頃は、仕事のためにサービスの検定とワインエキスパート、TOEICを受けるために仕事以外の時間は勉強をしていた。
それ自体は決して辛いことではなかったし、今カウンセリングなどを受けていく中でそれ以外のところに原因が見つかっているのでその時間は人生の中で有意義な時間だったと胸を張って言えるのだけれど、うつ病になって仕事も時短勤務になったりすると、今までほとんどなかった自分の時間ができた。時間ができると、あれもこれもとやりたいことが出てきた。やりたかったことを思い出した、という方が正しいかもしれない。

だけど、うつ病という病気は厄介だった。

やりたいことがあったって、それをする気力がわかない。「やりたい」という意欲があっただけでも私はマシだったのかもしれないけど、やりたいことがあるのに気力がわかず出来ないというジレンマで死にたくなった。やりたいことある自分の「やりたい」という感情すら、憎らしくてしかたがなかった。

だけど、薬のお陰で少しずつ回復してくると、無性にやりたくなったことがあった。

それが、絵を描くこと。

100均で、安いタッチペンを買った。スマホの小さな画面に頭の中を描くことに夢中になった。夢中になっている間は辛い気持ちを忘れられた。

それで、思ってしまった。

「本気で漫画家になりたい!」

それが間違いだった。
「本気で」練習をし、
「本気で」あんちょこ本を読み、
「本気で」公開し続け、
「本気で」落ち込んだ。

本気になることは、大きなリスクがあった。私のうつ病は、一時悪化した。一種類しか出ていなかった薬が四種類に増えた。

それで私は、「本気」をやめようと考えた。

本気をやめて絵を描き始めると、不思議なことに、いままでやりたいのに出来なかったこともやる気力が湧いた。

本気じゃなくて、いい加減に。良い加減、って意味ね。

「いい加減に」練習し、
「いい加減に」本を読んで、
「いい加減に」アウトプットし、
「いい加減だから」何を言われても気にならない。

いい加減を身に着けて、いい加減に夢を語る私は、今日もいい加減に文章を書く。

私は何をやっても中途半端。

だけど、それが私の生き方だって、それだけは「本気で」言える。

本気の夢じゃなくて、いい加減な夢。みなさんにも、ありませんか?
共に、いい加減に、叶えていこうじゃありませんか!

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ima
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