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中庸

わたしたちは
両極の経験があって
中庸を知っていく

例えば
究極の悲しみを知るということは
究極の悦びを知ることであり

究極の闇を知るということは
究極の光を知ることである


振り子のように

わたしたちは
両極を経験して
両方あっていいと知り

やがて
すべてあっていいんだなと
深く深く受容していくのです


わたしたちは肉体を持って
本当に素晴らしい体験をしていますね

すべてがあっていい
それは
自身においても同じこと

どんな自分がいてもいいと受容して
ありのままの自分で生きる
それ以外にないと知っていくのです



まさにそんな時

もう自分以外を生きることはできないね

わたしはわたしの好きなことを
わたしはわたしの心地よいことを
わたしはわたしのやりたいことを
ただやる!!
以上〜


うんうん
楽しいね

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