「制服に言ってるの」

CAになって、まだたったの23.4歳のとき、チーフパーサーという客室の責任者になった。

ものすごくエキサイティングな経験。楽しんでやっていた。

コックピットには毎便、何でも来いのグレートパイロットの方々が乗っていた。

そこへの絶大なる信頼があるからこそ、私もこの人たちに信頼してもらえるような安全な客室にしたいと思っていた。何はなくともまず安全。

「後ろは任せたからね!」と、言ってくださると、やる気がメキメキわいて、同時に、人に任せられる、ということこそ懐が深くて、何よりのリーダーシップだと感じた。

だってキャプテンは、どうしたってその便の最終責任者なのだ。飛行中、安全面で何かあったらキャプテンの責任になる。だからこそ私は誰も怪我させてはならない、お客様もクルーも。

信頼があって成り立つ仕事なのだ。

私はこのキャプテン達にものすごく影響を受けた。

仕事人の背中、大人として、プロフェッショナルとは、リーダーシップとは、、などなど。数え切れないほどの学びを得た。

そんな人たちと仕事をさせてもらい、そんな責任あるポジションを若い時にやらせてもらったことは、本当に本当に大きな財産になった。

また、このCAという職業は、ものすごく覚悟がつく。

飛行中、誰かが倒れようと、泣き喚こうと、ずっと怒鳴られようと、クルーが喧嘩しようと、悪天候でものすごく大きく揺れようと、外に逃げられない。空の上にいるのだから。

ましてや、自分がチーフパーサーであればそこに乗っている百何十人の中で起きるあれこれの最後の砦はその場では自分なのだ。

自分が判断しなければいけなくて、しかも判断を間違えてはいけなくて、かつ、ちゃんと対応がプロフェッショナルでなければいけない。

私はもともと「肝がすわってるね」と昔から言われてきた。そうでもない時もあるんだけど、そして超絶めんどくさがりではあるのだけど、確かにとても図々しく、あまりビクビクはしないタイプ。

そして、イレギュラーに燃えるタイプなのだ。

それもあるのか、私がチーフパーサーの日はなぜかよくイレギュラーが起きた。

そんな時私は内心、「おぉ、きたか」と思っていた。

天候や機材事由、お客様事由など様々だった。

そんなイレギュラーにあたるたび、なんとなくもっと肝がすわるというか、肝の皮が分厚くなっていっているような気さえした。


イレギュラーとまではいかなくとも、時には、お客様に怒鳴られることもある。

どうしようもないことから、あきらかにこちら側の過失であることまで様々だ。

ビクビクしない私でも、多少落ち込むことはある。

そんな時、私の支えになっていた言葉がある。

「お客様はね、あなたが着てる制服に向かって言ってるの。かなちゃん、という個人に言ってるんじゃないの。それをいつも覚えておきなさいね。」

これは、私のはじめてのボス、T様の言葉だ。

私はこのT様が大好きだった。カリスマ性があって、言葉に力があって、人間臭くて、とても美しい人。

CAとしてはレジェンド級の方。

色んな言葉をもらったけれど、この言葉が、支えになることがしばしばあった。

「そっか、制服に向かって言ってるんだから、私個人に言ってるんじゃないし聞いとけばいいや」ではない。

「制服に向かって、ちゃんと私のことをここの会社のひとだと思って仰ってるのだから、この会社として恥ずかしくない対応を」と思えた。

新入訓練のときに散々言われる、制服は、プロの証だから、管理には十分気をつけるようにと。

それだけ大きな意味のあるもの。

私はこの一社目のエアラインを経て、合計三社のエアラインを経験したけれど、フライトに行くたび、制服を着るたびにやっぱり意識が変わった。

制服を着てあるけば周りの知らない人からもプロとして認識される。

朝眠くて倒れそうでも、会社について制服を着れば頭の中は切り替わる。

プロのCAになる瞬間。

あの時いい言葉をもらって、私はCAという仕事から本当に多くのことを学んだ。

T様、お元気かな。




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