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セックス・カルト #metoo

殴打、殴打、殴打。骨折、吐血、気絶。

顔にかけられる水の冷たさに起こされる。痛みが麻痺すると更に破壊的な攻撃が加えられる。

「どうしてこんなことに……」

霞む視界に笑う男。再度鈍い衝撃が走り、意識は暗転した。


ああ、私は昨日“任務”を終えて山手線に乗り仲間たちと住む隠れ家へと帰っていたんだっけ。恋した男が課した任務。

1年前、私は気の合わない両親や狂気的な宗教家【M】から逃れる為、【C】という男の家に逃げ込んだ。Cは住居、快楽、金銭を与えてくれた。私は“任務”の遂行と、彼の性奴隷になることで彼に応えた。
“任務”の内容は簡単だが謎だった。月に1度、武蔵境駅構内コインロッカーに入った小包を恵比寿の指定された路地裏のゴミ箱に捨てること。
私は小包の中身を知ろうとしなかったし知らないほうが安全だと思った。
ただCの言うことを全て忠実に実行し彼の与える快楽に浸って犬のように振る舞えば幸せだった。

今日もいつもと同じ任務のはずだった。同じ時間に起きて同じ場所に行き同じものを同じように運び同じ場所に帰れるはずだった。

異変が起きたのは任務を終えて電車に乗っている時。LINEの通知。Cからだ。
「今から新宿これる?笑」
事情があり、最近は滅多に家から出ないCからの久々の誘いに胸が躍った。
新宿駅東口喫煙所。何度も色んな人と待ち合わせてきた場所に着き、私はCを待った。10分、15分、30分……。Cが現れない。しびれを切らし再度CにLINEをしようとした時、後頭部に鈍い痛みが走り、私の意識は途切れた。


「ぐあっっ」

「ア☓☓ちゃん、寝ちゃダメじゃあないか」

髪を掴まれ、無理矢理戻される視界。Cが笑いながら私を殴りまくる。

「タユちゃん仕事して?」

Cの後ろから指示する暗い目をした男。本能的な恐怖が全身を貫く。彼こそが私が何度も逃れようとしたMだったからだ。

「どうしてあなたが……?!」

Mが爆笑し始めた。

「ギャハハハ!タユちゃん、俺たちが繋がっていないとでも思っていたのかい?君が洗脳されている自分を認めまいと何度も何度も逃げようとするから、俺はわざと君を逃した。Cからはよく君の話を聞いていたしCの家に行くことが分かっていたからね。君はそういうbitchだろう?」

私は絶望した。それと共に、深い安心感を覚えた。どこまで行けど、どこまで自分の意志で動こうと、Mの思想から逃れることなどできないこと。死ぬまで私を縛る縄が、私には蜘蛛の糸に見えてしまうのだ。
能動など存在しない。能動など存在しない。
遺伝子に組み込まれた奴隷根性を初めて直視できた瞬間。

私はMのことも、Cのことも責めない。
洗脳されるのは、自己責任だ。
私が元々信じたかった言葉を、圧倒的に美しく強い人間が発してくれた。だから信じた。それだけのこと。
私は苛烈な真実に気づきつつも自立する能力が無いから1本のエクスカリバーを求める為に♀であり続けた。

全てはそのツケだ。


「おい!殴り甲斐ねぇなあ」

頭に血の上ったCは私を更に殴り蹴り、意識のある挽き肉へと変貌させていく。

痛い、痛い、死にたい、殺してくれ、殺してください、お願いします、殺してくださいお願いします殺してくださいお願いします殺してくださいお願いします殺してください

「死にたくない」

「その意気だよ売女!」

Cは蹴ることすらやめ、大喜びで私の内臓を踏みつけ始めた。

「やれやれ、タユちゃん。諦めたほうが良いよ」
Mはいつも通り冷笑する。

「君は求めすぎた。機械を利用して成り上がろうとすれば、より上の機械的強者に殺されるに決まっているじゃあないか。ぬるま湯でリストカットしていれば幸せだったのに」

嫌だ。嫌だ。嫌だ。

「諦めなさい。今死んでおけばまだご両親が君の遺体を判別できる。どうせ死ぬんだよ君は、今日中に。逆にどうしてそんなに生きたいんだい?どうせ君の遺伝子なんて200年以内には確実に淘汰される」

分からないな。
私はただとにかく生きたいから力に頼ったし生きたいからリストカットしたし生きたいからMに入信した。

「そろそろ終わらせよう。君の願望は俺に殺されることだろう?俺は自分の手は汚さないけど、俺の目の前で死ねるなら幸せだろう?さよなら」

 一瞬の後───

頭上で音がした。

硬く黒く光る鉄パイプが私の腹を一直線に目指して高速で落下し

目を瞑って呟こうとした「ありがとう」の前に
完全に私の中心を貫いて

暗黒だけが残った。

暗黒の中で昔懐かしい誰かの声がした。

「バカは死んだほうがいい」


2024.1.5


#小説 #日記 #エッセイ #散文 #短編小説

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