遠くて懐かしい本『台湾少女、洋裁に出会う――母とミシンの60年』_おうちで小旅行をしたいときに
第二次世界大戦前、日本占領下の台湾で育った少女が洋裁師となり、大規模な洋裁学校を開く――。
そんな偉業を成し遂げた、立志伝。著者の母の、立志伝を書いた本だ。
ページをめくると、ふるい思い出を語るやわらかな文章と、セピア色の写真がパラパラと見え隠れする。
当時の台湾の風景が、少し見えるようになるだろうか。
そんなことを思いながら、手に取った『台湾少女、洋裁に出会う――母とミシンの60年』を図書館から借りることにした。
一言で言うと、期待は裏切られなかった。
戦後、農村からたくさんの人が都会に出てきて働き始めたシーン。
花柄の作業服を着た女性たちが、建設現場で働いている。
戦後、鳶職や建築現場での力仕事。という言葉でイメージするのが「男社会」だった私には、イメージしづらい風景だ。
それでも、明るい色彩や、楽しそうな話し声が聞こえるような躍動感にあふれて、たしかにそんな風景があったのだと感じる。
もちろん、この本の本筋はお母様のサクセスストーリーだ。
でも……私の興味を引いたのは、どちらかというと、こういう些末な風景の描写だった。
色や匂いまで手に取るような台湾の風景も楽しい。
それに当時の台湾人の見た外国の風景も、新鮮だ。
これは、お母様が洋裁の勉強をするために、日本に渡ってきたシーン。
当時はパスポートもなく、ただ船の切符を買うだけで越境できたというから、驚いた。
昭和も今も、せわしない。ひたすら急ぎ足の日本人が行きかう、雑踏の風景。
急ぎ足で電車に乗ろうとする男の執念が、容易に想像できるのが恐ろしい。
そうかと思えば、台湾に流れてきた中国人についての記述もある。
戦後「台湾人」と「外省人」の間には軋轢があった。そんな、なんとなく持っていた知識を疑問に思うような、ふわふわと楽しい記述だ。
人が流れたら、食事も変わる。新しい文化や言葉に触れて、変化する。
もちろん複雑な情勢や、おもしろく思わない人たち、反発や衝突もあっただろうけれど。それでも、確かにしなやかに楽しむ人々もいた。
そんな当たり前のことを、ようやく知った。
昔の、台湾の風景。
懐かしい気持ちで、いっぱいになった。
少し疲れていて、懐かしくほっとするような場所に行きたい。
そんな人がいたら、勧めたい本。
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