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「陽キャ・ホームズ《機械島のロボットエラー》」愛夢ラノベP|第19回MF文庫Jライトノベル新人賞・第2期予備審査(2次落選)、第36回後期ファンタジア大賞(1次落選)|【ミステリー】【SF】【短編小説】

第零部 プロローグ

 もしも機械に心が宿れば、その瞬間こそ新たな人類の誕生を意味する。
 ――ロボニスト聖書・序幕『人の誕生』より――

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 ――ロボニスト歴74年9月6日午後4時36分。
 ――通報から9分後、セイン軍事兵器製造工場。
 工場の外は、まだ残暑が幅を利かせるせいで、サハラ砂漠のように暑い。だが、その暑さとは裏腹に、工場内は南極大陸みたいに寒い。クーラーの頑張りで、残暑すら無視。
 ただ、工場内に違和感がある。
 何と言えば良いのだろうか……大量の部品やベルトコンベアはあるが、よく使う重機が見当たらない。

「「電脳犯罪捜査局だ。全員、集まれ」」

「ホームズ、関係者を集めたぞ」

「それじゃ、推理ショーを始めちゃお。今から粛清の時間じゃん。犯人は、この中にいるわ!」

 ババン! ホームズは真っ黒な日傘を折り畳むと、ロボットたちにスッと石突きを向ける。すると、ロボットたちも敵意を向ける。俺もホームズに視線を向ける。
 なーにが粛清の時間だ!
 工場関係者を集めろって一言で言うが、こっちは全ての機械を招集するのに、駆けずり回ったんだぞ。お礼の一言くらい述べろよ!
 やはりホームズは人の心が理解できぬ名探偵だ。

 ラムダ・ホームズ――15歳のアメリカ人、百五十三センチ、Cカップの43キロ、太陽みたいに明るい陽キャ。
 電脳犯罪捜査局デジタルポリス課所属の名探偵――通称、陽キャ・ホームズ。
 心はないが体を持つ少女。
 イエローオーカーの長髪を、トリプルテイル(ポニテとツインテール)にしている。生気のない瞳はラァーバのように漆黒で、黒い日傘にはケイトウの刺繍があしらわれている。
 黄色いワンショルダーワンピースに、黒いロングジレを羽織る。

「では、製造番号KL78、警備用ロボットの殺害容疑で捜査開始じゃん」

「すみません。製造ラインが停止しているので、作業を再開させて下さい」と女性が話に割って入る。

「えーと、あなたは誰だっけ?」

「工場長のローレン・シウムさんだ。ホームズは頭が良いのに、人の名前すら覚えないな」と口を挟む。

「だって、推理に必要ないじゃん」とホームズは頬を膨らませる。

「あの……それより仕事をしたいのですが」

 ローレンは、一見すると人間だ。でも、本当はマグネシウム超合金の骨格に、ヒドロゲル製の人工皮膚を付けた自立式二足歩行ロボットである。
 まぁ、作業用ロボットと違い、ライムグリーンのレディーススーツを身に着け、地雷メイクまでしている。ポニーテールは腰まで伸び、5センチのピンヒールも履く。
 あと、軍事兵器工場で働けるように、積載量を大幅に強化されていたっけ。

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「ウケる、工場の再稼働は絶対にダメ。今、ロボットエラーの捜査中じゃん」

「ですが、それでは生産が追いつきません」

「私には関係ないし、現場の保存は基本じゃん。そもそも、この工場では何を作っているの?」

「ここは部品組み立て工場です。銃やロボットのみならず、核ミサイルも製造しています。従業員は細かい作業が得意で、ベルトコンベアで流れる部品を丁寧に扱っています」

「まさに機械島の製造拠点じゃん。そんな作業風景が気になるわ。監視カメラの映像を見せて」

「監視カメラは故障中です」

「それは困っちゃった。このままでは事件は未解決じゃん」

「先程から申し上げていますが、警備用ロボットは事故で壊れただけです。5トンもの鉄塊が落下したのです。通報に関しても、作業用ロボットのミスです」

「ほぅ、その話が本当なら、少し変じゃん」

 ホームズが口癖を使った。ほぅ……この言葉には特別な意味があり、多くの場合、相手の発言に違和感を覚えている。
 つまり、ホームズはローレン・シウムの名前なんて微塵も興味はないが、彼女の発言には引っかかっている。

「おかしな点はありません」

「いいえ、この工場からプルトニウムが9トンも盗まれているわ」

「それは何かの間違いでしょう。もしくは管理にミスがあったのかもしれません」

「ほぅ……あまり驚かないのね。ところで、あなたは事件の前後、何をしていたの?」

「私は執務室で書面のチェックをしていました」

「ウケる、それは百パー嘘じゃん」とホームズは口角を上げる。

「嘘ではありません。調べれば、ハンコを押した書面が見つかりますよ」

「そんな紙は事前に用意できちゃう」

「それは憶測ですよ。私が嘘をついている証拠がありますか?」

「ほぅ……証拠ね? もう自白したでしょ」

「私は自白などしていません。本当に証言を聞いていましたか?」

「でも、あなたは作業用ロボットが通報した事実を知っていたわ」

「そっそれは監視カメラで確認をしました」

「ウケる、監視カメラは故障中じゃん」

「あっ、勘違いでした。部下が報告してくれたんですよ。通報があったから、対応してくれ……こう言われました」

「もう嘘は終わりにして」

「私は真実しか話していません」

「私は最初から違和感があったの。従業員の仕事は、ベルトコンベアを使った流れ作業じゃん」

「だから、何なのですか?」

「そもそも、この工場には、5トンもの鉄塊を持ち上げる重機がないわ。では、どうやって鉄塊は上から落ちたのか?」

 その時、俺は工場の違和感に気がついた。ホームズの指摘どおり、この工場には、クレーンや運搬用ロボットがない。毎日、重たい金属を運ぶのに……だ!
 やはりホームズの洞察力は並外れている。

「たしかに、理由が分かりませんね。今度、調べておきます」

「その必要はないわ。理由は簡単じゃん。あなたが運搬しているからよ」

「バカな事を言わないで下さい! 私は、ひ弱なロボットですよ」

「マジで嘘が下手ね。あなたは積載量9トンの二足歩行ロボットじゃん」

「仮に私が鉄塊を運んだとして、警備用ロボットを破壊する動機はありませんよ」

「ウケる、動機もあるわ。プルトニウムの運搬を見られて、口封じのために、警備用ロボットを壊したでしょ」

「ホームズの推理が正しければ、ローレン・シウムが窃盗犯なのか。いや、この場合は強盗殺人だぜ」と驚く。

「全て憶測ですよ。そもそも、あなたたちの到着までに、従業員が協力すれば、プルトニウムも運べますよ」

「非力な従業員では、9分以内に、9トンものプルトニウムを運び出せないわ。つまり、あなたしか実行不可能じゃん」

「そもそも、私がプルトニウムを盗む理由がありますか?」

「ほぅ……ガチで鋭い反論じゃん。私も動機だけは分からなかった。だから、捕まえて真相を聞きたいわ」

「素直に話すと思いましたか。うぉりゃーー! 死ね、ホームズ!」

 ローレンがベルトコンベアを持ち上げる。数メートルものレーンを、ホームズに投げる。だが、そんな軽い物は俺でも受け止められる。
 ホームズの前に立ち、ガシャーンと右腕でレーンを掴む。

「んな、バカな! ただの人間が片腕でレーンを止められるはずはありません」とローレンは顎を外す。

「ホームズ、大丈夫か?」

「お陰様で私は無傷じゃん」

「まずは、ありがとうって言え! あと、俺の名前も呼べ」

「えーと、君は誰だっけ? まぁ、そんな些細な事より犯人を捕まえてね」

「はっ! この頭脳と運動神経……もしや、あなたたちが電脳犯罪捜査局のシャーロック・ホームズですね?」

「ほぅ、この頭脳明晰な陽キャ・ホームズと……」

「機械島で最強のシャーロックを知っているのか?」

「非常に劣勢ですね。ここは逃げるが勝ちです」

 ローレンがドカーンと大地を蹴る。そのまま天井を突き破って、屋根に逃げる。
 流れるように、ローレンは空飛ぶ車に飛び移る。チンパンジーの機動性に、ムササビの跳躍力とミミヅクの飛行性能まで有するみたいだ。

「おっおい、待て!」

「何をグズグズしているの? 推理パートは終わりよ。犯人の確保は、筋肉バカの仕事じゃん。私は肉体労働をしないから」

「俺はバカじゃない。シャーロックだ。いつも一言、多いぞ」と走り出す。

「あっ、言い忘れたけど、絶対に生け捕りにしてよ。プルトニウムの隠し場所が重要じゃん」

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 本当に簡単に言ってくれるぜ。あのローレンは非常に高性能だ。馬力が他の機械と全く違う。
 今も、ローレンは空飛ぶ車を踏み台にして、コンクリートジャングルを颯爽と移動する。
 一方、俺は高速道路を走る。
 俺の仕事――それはロボットエラーを起こした犯人の検挙だ。
 ――ここは機械島《ヒドゥンナノーグ》。
 このヒドゥンナノーグは太平洋上の埋立地で、北緯30度から南緯30度に跨がる要塞島だ。
 総面積は、2500万平方キロメートル。これは太平洋の6分の1に当たり、北アメリカ大陸と同じサイズだ。
 そんなヒドゥンナノーグの東部を走っている。

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「最強が聞いて呆れますね。遅すぎて点にしか見えません」

「クソッ、なんて速度だ。違法改造をしているだろ」

 ふと高層ビルの窓に目を移す。窓は鏡みたいに俺の姿を写す。

 シャーロック・ヒドラ――15歳のアメリカ人、百七十六センチ、百二十キロの細身、実はビビリの陰キャ。
 電脳犯罪捜査局ロボットエラー対策課に所属、いわゆる解体工(デモリショニスト)。
 体はないが心を持つ少年。
 ホリーグリーンの短髪と、ダイヤモンド原石のようにキラリと光る両目を持つ。また、右腕にマーガレットのタトゥーが入れてある。
 白いシャツに、アッシュブラウンのスーツを合わせる。スーツには、黒い斑点や細くて白いストライプが入っている。

「ふふふっ、やはり人間は機械に勝てませんね。でも、安心して下さい。必ず私たちが解放させます」

「意味不明な主張だぜ。それに俺は本気を出しちゃいない」

「口だけなら、何とでも言えますよ……おや、様子が変ですね?」

「ギアブースト、10パーセント! エンジン、フル稼働! 排熱開始」

 エンジンに拍車をかける。体が悲鳴を上げる。全身から真っ白な湯気も吹き出る。
 それでもギアを上げる。足を上げる。大地を蹴る。顔を上げる。全力を挙げる。意気もテンションもスピードも上げる。すると、自然と息が上がる。心拍数も呼吸数も血圧も上がる。
 ローレンは、高速で逃げる。
 一方で、俺は高速を駆ける。
 時速は、70キロを超える。
 過ぎ去る景色は輪郭を失い、隣接する物に溶けていく。
 標識の緑は夜空の紺に加わり、高層ビルはグニャリと歪み、街路灯は彗星のように変わり、並走する車は対向車に混ざり、ガードレールの白は道路のグレーと重なる。

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「バカな! 人間が車を追い起こすなんて信じられません」

「これくらい朝飯前だぜ」

「しかし、その減らず口も終わりです。追尾型89式5ミリ小銃を味わいなさい」

 ローレンの右腕がガシャガシャと組み変わる。銃口が俺を狙う。ローレンが銃弾を放つ。
 交わせない……そう判断して空へと飛び立つ。

「最悪だぜ。絶対に腕が吹き飛んじまう。あー、俺の人生も今日で終わりか?」

「随分と弱気ですね。まぁ、空に飛んでも意味はありません。蜂の巣にして差し上げましょう」

 眼下からローレンの声が聞こえる。
 今や、ビルの屋上すら軽く超える。
 ローレンは、空飛ぶ車の車体からマシンガンを撃ちまくる。
 真下から無数の弾丸が雨のように放たれる。そこで、俺はアルマジロみたいに体を丸める。両腕を折り曲げ、膝を畳む。小さくなって守りを固める。
 スダダダダンと銃創を負う。
 スパーンと右腕が吹き飛ぶ。

「うわぁーー! やっぱり腕が壊れた」と断末魔を上げる。

「チッ、弾切れですか。でも、これでシャーロックは死んだはず……えっ、なぜ動けるのですか?」

「生憎、俺は簡単には死ねない体なのさ」と道路へと落下する。

「あり得ないです。傷口から血も出ていません。あなた、何者なのですか?」

「俺は半造人間なのさ。だから、多少の怪我では怯まない。ただ、ビビリのせいで、恐怖心はあるがな」

 と話しながら、高架道路にドンッと降り立つ。その勢いを使って、瓦割りの要領で、高速道路を叩き割る。左腕でアスファルトを掴む。そのまま道路をメキメキと引き剥がす。
 道路はベルトコンベアより数倍も長く、数十倍も重い。だが、利き手でなくとも、やすやすと道路を投げる。
 まるで雲が夕陽を遮ったように、辺り一面に大きな日陰が生まれる。

「さっきの御返しだぜ。ありがたく受け取れ」

「もはや化け物でしょ。この世に道路を投げる人間が……うわぁーー!」

 人間がゴキブリを新聞紙で叩き潰す感覚で、ローレンは空飛ぶ車ごと道路の下敷きになった。まぁ、ゴキブリ並みの生命力で、ローレンは息があった。
 ビーバーが巣から顔を出すように、ローレンは瓦礫の隙間から顔を覗かせた。

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「クソッ、動けません」とローレンは瓦礫に埋もれている。

「残念だったな。俺からは逃げられない。地獄の果て……いや、解体工場の炉まで追い詰めてやるぜ」

「道路を投げるなど卑怯……うっうぐぅーー!」とローレンは左腕で瓦礫を退かそうとした。

「無駄な抵抗は止めろ。どこにプルトニウムを運んだ? お前は何者だ?」

「私を捕まえても……我々、人類解放戦線は止まりません」

「人類解放戦線……あのオカルト集団か?」

「カルトではありません。ロボットによる支配を否定し、人の人による人のための国家を樹立させるのです」

「リンカーンを真似る反ロボニストか? この人工島にはロボットが多いが、それを人間が管理しているぞ」

「愚かな人類よ、はやく目覚めろ」

「目を覚ますのは、お前ら犯罪者の方だ」

「何とでも叫べ。すでにヒューマン・フレッジ計画は始動しました」

「ヒューマン・フレッジ計画……って何だ?」

「それは地獄で教えて差し上げましょう。自爆装置を起動、3秒後に爆破します」

「爆発だって! ヤバい、俺も死んじまう。ヤダ、助けて」

「3……2……1、スイッチオン!」

「まだ話は終わって……ドヒャーー!」

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 その瞬間、ジョイント地区は一夜にして吹き飛んだ。ビルも道路も全て粉々、キノコ雲まで天に登った。
 生身の人間なら、木っ端微塵だろうな。
 仮に生き長らえても、ホームズに怒られるかも。



【筆者から一言】

 本作は、自身初のミステリーである。
 太平洋に浮かぶ機械島《ヒドゥンナノーグ》では、ロボットエラーという犯罪が起きていた。
 そんなある日、シャーロックとホームズは、人類解放戦線という組織がヒューマン・フレッジ計画を企てている事を知る。そんな難事件を解決するため、陰キャのシャーロックと陽キャのホームズが捜査を開始する。
 ちなみに、本作は第19回MF文庫Jライトノベル新人賞・第2期予備審査の一次を通過している(また、第一部は完結しており、10万字の作品となっている)。
 全文は、受賞作として刊行されるか、応募後にメンバーシップにアップする予定である。



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