見出し画像

”タイムリミット”半径1メートルの世界「恋」(4)

 システムに落ちたとしても、寝食を忘れるほど過剰なドーパミンを放出し続けることはとても続けてはいられないだろう。やもすれば生存自体が危ぶまれるからだ。おそらく発情ドーパミンフルブースト状態は長くは続けられず、期間限定であるはずだ。

 恋愛期間の最も楽しく密着した時期は通称「ハネムーン期」と呼ばれ、一般的にその期間はおよそ2年ほどと言われていた。
 この期間については様々な俗説があるが、大量のドーパミンが放出されている「付き合い始め」は互いに情熱に溢れているが、これが3ヶ月も経つと、やや落ち着きを取り戻していくらしい。
 そしてその後は3ヶ月おきに「倦怠期」と呼ばれる「付き合いたての頃のようにドキドキしたり、ときめいたりしなくなる時期」がやってくるというのが定説だ。
 これは刺激が単調になり、互いを飽きてしまい「マンネリ化」していく時期であるようだ。この倦怠期は付き合ってから何故か3ヵ月、半年、1年、3年と3ヶ月刻みとなっているが、期間に関する科学的根拠はないようだ。
 近年、年齢は関係なく脳は成長を続けるという研究結果が出ている。どうもマンネリは脳にとっては敵で、マンネリ化すると物忘れが増えるという研究結果もある。どうも「倦怠期」は恋愛だけに起こる特殊な現象ではなく、同じ刺激の反復による慣れ(馴化)が問題のようだ。新たな刺激がなくなっていくことでドーパミン放出のレベルは低下するのかもしれない。
 実はこのフルブースト期間に関しては科学的な研究が進められており、おおよその数値がわかってきた。

ある神経学者の研究チームが、恋愛感情は通常12ヶ月から18ヶ月続くという結論を出した

「人はなぜ「人はなぜ恋に落ちるのか?恋と愛情と制欲の脳科学」ヘレン・フィッシャー著 2007年

 おそらくこの期間が最もドーパミンが放出され、強い衝動期間が持続するようだ。つまりはこの間に男女は関係性の構築からつがいを形成し受精まで到達しなければいけない。どうやらホモ・サピエンスは「いつでも」恋に落ちるが「ずっと」恋愛状態ではいられないらしい。

 また、神経伝達物質ではなくホルモンの話だが「ネガティブ・フィードバック」という機構が身体には備わっている。
 体の状態を一定に保つためにホルモン分泌は巧妙にコントロールされており、ホルモンが分泌され効果を発揮すると、今度はホルモン分泌を抑制する方向に作用する。ホルモンは少量で身体に絶大な効果を発揮するため、オートマチックで制御されているのだ。これをネガティブフィードバック機構というのだが、神経伝達物質も同じように少なすぎ、出すぎを調整するようにできている。
 ドーパミンは脳内の線条体と呼ばれる部位から放出される。線条体のドーパミン受容体密度は、ドーパミンが多量に放出されることで低下し、ドーパミンが枯渇することで受容体密度は増加する。これは後天的に変化し、出す方ではなく受ける方を調整している。おそらく、少ない分泌量でも刺激の強度を維持できるようにはしているのだろう。
 それでもいつしかマンネリ化は起こる。常に新しいことに挑戦し続けるつがいはそうそういないからこそ、沢山の倦怠期に関する情報があるのだろう。なぜ3ヶ月おきに倦怠期やマンネリ化が起こるのか、恋愛においての馴化にはパターン化した期間があるのか調べてみたがどうも決まったものはないようだ。
 ランド株式会社が行った男女に対してのアンケート調査を見てみると、倦怠期の経験は全体の81%に認められ、「どの位の期間で訪れるか」については、「1週間」が2%、「1カ月」が3%、「3カ月」が20%、「半年」が16%、「1年」が16%、「1年以上」が43%であり、その時期については個人差があるようだ。また、Hotels.comの調査によると、日本ではミレニアル世代のカップルの約半数(46%)が交際期間中のハネムーン期を5カ月以内で終了していることがわかっている。これまで2年だったハネムーン期は時代とともに縮小を続け、世の中はなんでもファストになってきている。
 刺激の馴化なのだから刺激が反復することで起こるのは当たり前の話で、「慣れ」が起こる期間は人それぞれなのだろう。おそらく価値観や経験、つがいのコミュニケーションの方法など、様々な主観により、何が新鮮かどうかは変わるからだ。むしろ「3ヶ月ごと」というステレオタイプな決めつけがバーナム効果となっているのだろう。

 なお、大量のドーパミンが動員された「恋愛システム」が終結しても別れずにパートナーと生活を共にしていると、いずれドーパミンよりオキシトシンの分泌が優位になることがわかっている。
 オキシトシンは脳の視床下部の神経細胞で産生される神経ペプチドの一種で、出産や授乳、子育てや社会的な関わりなどで脳内および血中へ放出されることから、「愛情ホルモン」や「信頼ホルモン」とも呼ばれる。
 システムが終わっても関係が継続していれば、脳内は勝手に「家族」「育児」モードに入るのだろう。面白いことにその関係が集結するとオキシトシンのレベルが下がり、再びシステムに落ちるのを待つ「準備モード」に入るのだ。やはり、ホモ・サピエンスには発情期がある。それはいつでも、どこでも発生するが、そのトリガーは遺伝子と主観により引かれる。可能性を感じる対象に対しては積極的にドーパミンを放出するが、なんらかの合わない要素があると早期に放出を抑制し、より優秀で適正な相手に目を向けさせ、真の「恋愛システム」に落ちるかどうか厳粛に査定している。一度深くまで落ちるともう戻れなくなる。
 システムに侵された古代のヒトはそれはそれは体験したことのない強い感覚に襲われたのだろうし、互いが本能に任せ遺伝子レベルで強く結びついたのだろう。確かに、単調な刺激しか提供しないパートナーは用無しで、共にサバイブするためには不適切だ。そうやって種の選別を行ってきたのだろう。
 つまりは「飽きるようなら適切ではない」ということだ。ヒトは熱しやすく、冷めやすいように作られ、何度でもやり直すことができる戦略を取り、生殖が可能となった年齢から長い時間をかけて、最も最適なパートナーを探すことができるように発情期を緩やかに持ったのかもしれない。
 パートナーを持って18ヶ月の間にドーパミンのレベルが下がるようなら躊躇いなくさっさと次へ行けばいい。ヒトは腐るほどいる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?