見出し画像

旅と音楽のレシピについて

きっとこの光景は生涯忘れないだろう。
と思った光景が上書き保存されていいくことはきっと幸福なことだと思う。

私は初めて一人旅をした14歳の夏に、船から見た夕陽を、そのニ年後に、同じく船で更新した。機会さえあれば船で一人旅をしてきたのだ。

二度目の船旅では初めて財布を盗まれるという体験をした。その日からすべての他人は私の敵になった。
おい、盗人。自分の生命を恥じろ。お前はあらゆる尊敬に値しない人間のクズだ。お前は永遠に汚らわしい盗人だ。お前の父母は下賤な盗人の親という恥を抱えて生きていくのだ。わかったか?わかったら大地に接吻をして自分の罪に打ち震えろ。

呪詛はこの辺にして今回は貴重品類は全て金庫にしまっておいた。人を見たら盗人と思え。身を以て学んだことだ。

さておき、洋上の夕陽は、毎回「忘れないだろう光景」を更新させる。写真だと全然迫力がない。
私の兄は職業的船乗りだが、船や海が好きというのは遺伝子レベルのなにかがあるのかもしれない。ミトコンドリアDNAを調べたらきっと南方から海を渡って列島にきたグループの痕跡がでるだろう。


船で聴く音楽とは?

バイカーやドライバー以外にとって、格安航空会社が普及したこの時世に船旅は金払って退屈を買うに等しい。
だから退屈しのぎアイテムは、退屈しのぎ以上の意味がある。金で買った退屈をしのぐのだからこっちも真剣だ。
音楽だって事前にスマホ等に保存しないと聴けないのだ。
私はスマホにシューベルトの歌曲からラブリーサマーちゃんからマイルスまで思いつくままにダウンロードして備えていた。どんな音楽が聴きたくなるかなんて事前にわからないのだ。
その中にトスカニーニ指揮のベートーベン交響曲集が含まれていたのは幸運だった。

ベートーベン交響曲第七番第二楽章。
船内の熱気がすべて集まる最上階デッキの水密ドアを開けた瞬間になだれ込むディーゼル機関の轟音と生臭さ、潮気、視界中央のヴェガ星とその下に広がる真っ暗な海。
これに当てはまる音楽はベートーベンだろう。イントロがそのまま聴こえた。もはや幻聴レベルだった。

この演奏は私の暫定人生テーマソングに選ばれた。

十代の頃は着替なんかを詰めたリュックの他に本とMDだけを詰めたトートバックを抱えて旅をしていた。もう退屈しのぎに全力。
体力と気力が有り余っていたのだ。

今回の北海道行って帰ってくるだけ奇行が楽しかったかといえば、あー、楽しさは期待していなかったのでまあ、楽しくはない。
しかし期待していたとおりの奇行になった。

仙台港にて




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?