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<小説>ハロー・サマー、グッバイアイスクリーム 第十三回 気分はもう暴動

少女売春組織の中間管理職鈴木が名古屋によく似た街で爆弾テロと政治的陰謀に巻き込まれていく。
胡乱な雑誌記者に絡まれていたところで街に爆発音が響く。それを機に暴動が巻き起こる。

テロリズムは「恐怖」を目的としているとボスが言っていた。
 しかしその爆弾は恐怖を呼び起こしなんかしなかった。
 火炎瓶と拳銃で殺し合っている連中ですらその顔はロケット花火を撃ち合う子供のようだった。公園で水鉄砲を撃ち合うようだ。
 誰も怖がってなどいなかった。テロリズムとしては大失敗だ。
 巻き起こされたものは祭りだ。
 その夜は祝祭的だった。

あらすじ

Chapter 12 気分はもう暴動

 爆発音が聞こえた。壁が震えたような気がした。店内のやかましさが一瞬で静まる。
 事件以来、各地の花火大会は異常な盛り上がりだ。花火大会がピークの時季だった。   
 事件の翌日に予定されていたとある地方の花火大会では、主催者が陽も落ちていよいよというタイミングで自粛を発表して、詰めかけた群衆はそのまま暴徒になった。それ以来、各地で連日花火大会が続いた。
 静まった店内に期待が積もっていくのがわかった。ほんの一瞬の沈黙を埋めるように、客同士が目線で、息遣いで、互いの期待を交感するテレパシーみたいなものを送り合っていた。
 花火か?
 違うのか?
 妙な緊張感、そして期待。
 相手を殴りつけるために拳を肩からぐるりと後ろへ引ききった一瞬のような。
 興奮と痛みと恐怖が目の前にある。一瞬で飲み込まれる。その一瞬を期待する瞬間の、不気味に引き伸ばされた一瞬。
 
 すぐに悲鳴が聞こえてきた。遅れていくつもの怒鳴り声も。
 爆発は居酒屋のすぐそばであった。爆弾だ。店内は一気に騒がしくなった。むしろ歓声があがったと言っていいだろう。
 
 杉浦はテーブルに広げていた紙を鞄に突っ込むと財布から取り出した札を俺に押し付け、「払っておいてください」と言った。
「釣りは?」
「協力費です!あげますよっ!」
 ほとんど走るように出口に向かった。
 同じように野次馬根性を発揮した酔っ払い達が出口に向かって動き出しざわつき始めた。杉浦はその中をすり抜けていった。
 暖簾をくぐったところで振り返り、「また連絡します!」と叫び消えた。
 俺も伝票留めを持ちレジへ向かった。出口近くには騒ぎに乗じて食い逃げをしようという連中も混ざっており店員と押し問答になっている。
 面倒になり伝票留めに杉浦から受け取った札を挟んで店員に押し付けた。
 外に出る。見回すと杉浦とみっともなく走っていくのが見えた。そのまま人だかりの中へ入っていった。
 翌日のニュースで知った。近くを歩いていた数人が軽傷を負った程度だったので大原を吹き飛ばしたような規模の爆弾ではなかったのだろう。
 しかし爆弾はきっかけでしかなかった。
 その夜は暴動が起きたんじゃない。暴動に遭遇した。いや、その場に居合わせた誰もがいつの間にか暴動そのものになっていた。気がつけばそうなっていたのだ。
 周りの建物から次々と野次馬が出てきて人だかりの方へ向かう。俺も押されるようにそちらへ向かった。
 人垣の隙間から数人が倒れたり座り込んでいるのが見えた。血を流しているのもいるが重傷ではないようだ。
 それでもすぐに警官が押し寄せてきた。そして野次馬とトラブルになる。
 
 10分後には暴動だ。しかし誰もそんな自覚はなかっただろう。
 アスファルトをバールで引っぺがして警官隊に投げているせいぜい20くらいのガキどもも自分が暴動だという自覚はないだろう。 
 肩を寄せ合って路上にある車を手当たり次第ひっくり返してはバリケードにしている通行人達もそうだ。
 逃げ遅れて警官隊に踏みつけられている一人を救出するためにそれぞれが物干し竿や花瓶やどこかから引っぺがしてきたとたん板で武装して突っ込んでいく。
 ガソリンや灯油と転がっていた空瓶で作った火炎瓶を投げているホームレス達もそうだ。普段は集めたシケモクに火をつけるためのライターで、瓶に詰めたボロ布に着火している。
 火だるまになった警官を他の警官が脱いだ制服でばたばと叩き消火しようと必死だが、それに煽られて更に燃え上がる。
 暴徒を追って長屋の路地に入り込んできた数人警官に2階や物干し台から消化器をぶちまけたおばちゃん連中もそうだ。
 暴動は拡大していく。暴徒はいくらでもいる。職にあぶれて暇と鬱屈を持て余している連中だ。
 気が付けばニシが暴動そのものになっていた。
 なんでもいいから壊してやりたい。いくら壊したところでこれ以上悪くはならない。
 バールで、火炎瓶で、車で、鉄パイプで、鎖で、シャベルで、中には洗濯ハンガーを振り回しているやつもいた。
 警官のヘルメットに鈍器をめり込ませたり、警棒で頭蓋骨を叩き折られたりだったのが時間が経つにつれて軽トラに角材や戸板を括り付けた簡易装甲車を走らせるグループも出てきた。
 ぼすん、ぼすんと鈍い音が聞こえてくる。警官隊が放水車に加えて暴徒鎮圧用ガス銃を持ち出したのだ。暴徒の群に銃口を向けて撃っている。頭や胴体にゴム弾をくらった何人かはその場に倒れ込んだ。下手したら即死だろう。
 ガス銃を撃ってくる方へ軽トラ装甲車と暴徒が殺到した。銃口の数より暴徒の数の方が多い。ガス銃の音はすぐに止み暴徒の中に奪ったガス銃を振り回しているのが何人が見える。何人かの武器にはべっとりが血がついている。催涙ガスはマリファナの煙のように暴徒を陶酔させた。
 暴徒が突破したラインには何人もの警官と暴徒が全く動かず倒れている。
 警察が鎮圧隊を送り込むスピードを完全に上回って暴徒は増えていった。思い思いの兇器を持った暴徒や野次馬が次々に湧いてくるのだ。
 タンパク質が焦げる匂い、ガゾリンや灯油、撒き散らされた糞尿や血、安い香水、警察車両のディーゼル排気、踏み潰された花や雑草の汁、ガス、放水で水浸しのアスファルトはキュウリみたいな匂いがする。
その中で暴徒と警官が殺し合っている。デモ隊とか警備とかそういう次元ではない。鉄パイプと警棒で、というか棍棒同士で殴り合っているのだから、そこに殺意がないといったら嘘だ。
 ぱん、ぱん、と乾いた破裂音が聞こえだした。見るとヒガシへと続く地下道前の交差点で列を組んだ20人ばかりの警官が拳銃を撃ち始めた。威嚇なのか銃口は上へ向いている。
 パトカーの屋根に立った一人の警官が腰に抱えたスピーカーでなにかを叫んでいる。音割れと反響でなにも聞き取れない。警告だろう。
 音に引き寄せられるように暴徒は地下道へ向かう。先頭の一群も止まりたくても後ろから押されて止まれないだろう。
 
 ばらばらの暴徒は一丸となって警官隊を突破してヒガシへ続く地下道へなだれ込んだ。別の一丸は線路を踏み越えてなだれ込む。ハンドマイクのハウリング、怒鳴り声や悲鳴と列車の警笛が騒がしく響いた。
 
 
 テロリズムは「恐怖」を目的としているとボスが言っていた。
 しかしその爆弾は恐怖を呼び起こしなんかしなかった。
 パトランプで途切れ途切れの顔はどれも殺したくて堪らない後ろ向きなパッションが漲っていた。
 殺し合っていた暴徒も警官も悲鳴なんか上げていなかった。返り血を顔につけたやつらが上げていた叫びはサヨナラホームランを打ったバッターが上げる叫びと完全に同じだった。
 引き倒した敵に群がって踏みつけ蹴りつけている様子はパーティーでドラッグを入れながら踊ってる連中そのものだった。
 火炎瓶と拳銃で殺し合っている連中ですらその顔はロケット花火を撃ち合う子供のようだった。公園で水鉄砲を撃ち合うようだ。
 少なくとも俺にはそう見えた。誰も怖がってなどいなかった。テロリズムとしては大失敗だ。
 巻き起こされたものだ祭りだ。
 その夜は祝祭的だった。

 
 ヒガシを抜けた群は翌朝早くに鎮圧された。警官9名、暴徒29名死亡。
 俺はそこまでは途中でなんとか脱出できたから報道で知ったのだが、ご存知の通りひたすらに祭り騒ぎだったようだ。
 停められていた車は高い順に横転させられて燃やされた。ショーウインドウは叩き割られた。店先に出されたままのマスコットキャラクターは神輿のように担がれて最後は警察のバリケードに突入した。
 どの映像も暴徒と警官の顔にはきらきらとした殺意が輝やいている。楽しくて堪らないのだろう。
 その多くが杉浦によるレポートだ。
 杉浦はそのまま暴徒についていった。空撮やビルの上といった安全地帯にいた他の取材陣と違って、殺し合いの中心を暴徒側の目線からレポートした杉浦はいつの間にか一連の騒動の権威になっていた。
 横一列に並んだガス銃の銃口を正面から押さえた写真を一面ぶち抜きにしたスポーツゲンザイは日刊紙なのに増刷がかかったらしい。
 そして数日後にはその写真をプリントしたTシャツやポスターまで街の雑貨屋で売られていていたくらいだ。
 
「爆弾の作り方」は検索のトレンドワードになっていた。
 それを紹介するウェブサイトが次々に立ち上がり次々に消された。いくら消したところで爆弾作りが簡単だということ、自販機荒らしくらい簡単なことは常識になった。
近所の薬局とホームセンターで揃う材料で爆弾が作れる。作り方は図書館へ行って花火の作り方と同じコーナーを見ればいい。それも面倒ならガソリンと使い捨てライターがあればいい。
テロリストになるのは簡単だ。それを暴露したことが小夏の最大の攻撃だったのだと思う。
誰でもいい、理由は誰かが後から用意してくれる。あとは絶望だけあればいい。希望に燃えたテロリストなんているわけがない。
 ハンバーガー屋で最低賃金のバイトが売っているようなありふれた絶望でも綺麗にラッピングしてくれる。テロリズムはよく燃える包装紙だ。
 テロリストになるのは簡単だ。絶望したら爆弾を作ればいい。
 泥を舐めるような暮らしをしている連中を「努力が足りない」と馬鹿にするのは簡単だ。
 しかし爆弾を作ることも同じくらい簡単だということが知れ渡ってしまった。
 テロリズムは簡単だ。死ぬなら他人を巻き込め。
 他人を巻き込むくらいなら一人で死ねと言われるような連中だ。素直に一人で死ぬわけがない。テロリズムがトレンドだった。そんな人間が溢れているから。
 電車の広告は脱毛サロンやジャンボ海水プールからテロと暴動を特集する週刊誌の広告に置き換わった。ガスマスクの売れ行きは過去最高らしい。
 
 「テロルの花火」犯行声明も検索ランキングに並んでいた。
 ツインタワー爆破の翌日に発表された犯行声明はちゃちなものだった。
 どこかの薄汚れた部屋で自動小銃をぶら下げた男がカメラに向かって声明文を淡々と読み上げていた。
 こいつが小夏を送り込んだ組織のボスらしい。中小企業のやる気のない営業課長みたいな男だ。しかし目出し帽から見える目はのっぺりとしていて、まともな人間らしい表情は感じられなかった。
 グローバル帝国主義がどうした、搾取がとうしたとか、血の代償がどうとか、決起せよとか。
 時候の挨拶の定型文のような紋切り型の犯行声明だ。フォーマットがあるのだろう。好みのワードに入れ替えれば誰でも簡単に犯行声明が作れる。
 グローバリズムという究極の紋切り型に戦争を仕掛けるテロリズムも紋切り型のフランチャイズ展開だ。
「戦士は諸君らの社会に溶け込み我々の怒りを繰り返し諸君らに示すだろう」
 戦士、小夏はまだまだやるつもりらしい。そのために面が割れては困る。未成年の娘というのがあいつの最大の強みなのだ。
 現場付近には無数のカメラが設置されている。それを辿れば警察が小夏を特定するのは簡単なはずだし、さらに手繰ればうちの会社も芋づるなはずだ。
 だが俺の周りに妙な連中が来ている気配はない。理由は想像できる。
 小夏の素性を公表するのは、警察幹部が未成年者を買春して、しかも爆殺されたことを公表するに等しい。
 そして客は警察幹部ばかりではない。公表されると困るのは客本人だけではない。つまり当局は表立って俺に手出しはできないのだ。
 しかし連中がその気になれば一瞬で消されるだろう。とっくに俺が気付かないだけで監視されているはずだ
 テロリストになるのは簡単だ。
「テロルの花火」がニュースで埋もれるほどに大流行だった。ガスマスクが人気商品だ。スーパーでも売っていた。

第十四回に続く
隔日更新予定
まとめ読みは↓のマガジンからどうぞ。


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