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最後の食事を覚えているだろうか

10月、支店長の愛犬が亡くなった。
独身の女性支店長は、その愛犬のことを本当に愛していた。
ご高齢だとは聞いてたので、もし亡くなってしまったらどうなっちゃうのかと不安ではあった。

もう、社員全員の覚悟を超えて落ち込み、ペットロスなんて簡単な言葉では言い表せない状態だった。
社員も知らないうちに早退してる日もあったし、出勤してるけど日がな一日スマホで愛犬の写真見つめてうつむいてる…!!なんて日も。

「ごめんね。唐揚げもうちょっと待ってね」
支店長と私たちは、前々から職場近くの特大唐揚げが有名な中華屋さんに行く計画をしていた。
支店長は覚えていて、ある日私にそう言った。
毎日仕事に来るのかどうかすら危うい状態の支店長からそう言われて、はい、とも、いや無理しないでくださいともつかないうやむやな返事をした。

支店長曰く、別の部下とほかの店で唐揚げ定食を食べた日に愛犬の具合が悪くなり急死してしまったため、唐揚げを見ることができないという。
思い出してしまうと。愛犬を連れて病院に駆け込み、あれよあれよとお別れになってしまったのを。

それを聞いて、ふと考えた。ショックな思い出の引き金になる食事が自分にあるだろうかと。
あの人との最後の食事、覚えているだろうかと…。

わたしには無い。思い出したら辛いことはあるけど、その思い出が出てきちゃうから見られない!という食事は無い。

社会人なんだからペットが死んだってそんな風になるか?仕事とプライベート分けろよ。
上司と言えどもありゃやりにくいわ…

今回の一件でみんな思っていた事だとは思うけど、本当に心から愛犬のことを愛して、もう私たちにはわからない支店長と愛犬の関係があったのだと思う。

「あー、やっと食べられるようになった!ごめんね遅くなって。これで、乗り越えられたなぁって思うわ。みんなにも迷惑かけたね…これからは元に戻ってビシビシやるからね!」

唐揚げを食べた帰り、支店長はホッとした様子で私たちに言った。自分でも唐揚げが見られない、食べられない状態になるなんて思わず、驚き焦っていたのだと思う。

自分では受け止めきれないくらいの悲しみが降りかかったら、人間ってやっぱり弱くて思いもよらない事がおきる。なんて事ない唐揚げもすごく高いハードルになってしまう。
それは支店長にとっては唐揚げだったけど、わたしにとってはその日に履いていたお気に入りの靴をかもしれないし、一緒に過ごしたあの場所かもしれない。

もしまた周りの誰かにそういうハードルが現れたら、早く乗り越えろとか仕事しろとか言って無理させるのではなく、ゆっくり温かい目で乗り越えられる時を待とうと思う。
支店長がゆっくり乗り越えたように、本人にしかわからないタイミングで日常は戻ってくる。

年度末に向けてより厳しい指摘がおこなわれるようになってきた支店長にも、なんだかホッとしている

#エッセイ #コラム #ペットロス #愛犬 #唐揚げ #仕事

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