著名人とSPACとの関わり：NBAシャック、テニスのセリーナ・ウィリアムズ、元ロッテ監督ボビーも

連日のようにSPAC上場やSPAC合併が報道され、昨年に引き続き今年も米国の資金調達市場はSPACが大ブームになっています。

そのような中で、米国証券取引委員会（SEC)は2021年3月10日の「投資家への注意喚起（"Investor Alerts and Bulletins"）」において「著名人が関わるSPAC」について、「著名人が関わるからといって、決して良い投資案件とは言えない」というアラートを出しました。

SPACは空箱の状態で上場し、個人投資家から直接の資金調達をおこなうため、個人投資家への知名度が資金調達に大きく影響します。

これまでのSPACは、ビル・アックマンなどの投資家として名を馳せた人がスポンサーであったり、著名な投資銀行の元幹部、ソフトバンクやKKRなどの有名企業がバックにつくなど、個人投資家が安心できるような投資の世界での有名人や著名なプレイヤーが多い状況でした。

最近になってSPACが使い勝手の良い資金調達手段として見られるようになり、より多くのプレイヤーが入ってきました。その結果、あまり知られていないスポンサーがSPACで資金を集めるために著名人を招き入れる、ということが起こっているのだと思います。

著名人が名を連ねるSPACだと以下などがあります。

Forest Road Acquisition：シャキール・オニール（元NBA選手）
Jaws Spitfire Acquisition：セリーナ・ウィリアムズ（テニス選手）
RedBall Acquisition: ビリー・ビーン（マネーボールで有名なMLBの元GM）
Executive Network Partnering Corp：ポール・ライアン（元下院議長）
Evo Acquisition Corp.：ボビー・バレンタイン（元ロッテ監督）

NBAスターを広告塔にして資金調達

NBAのスター選手だったシャックはForest Road Acquisitionに特別アドバイザーとして参加しています。Forest Road Acquistionはディズニーの元CFOで、ディズニーによるESPNの買収などをリードしたThomas Staggs（トーマス・スタッグス）が率いています。昨年11月に上場し、3億ドルを調達した1号ファンドは2月10日にオンラインフィットネスのBeachbody CompanyとMyx Fitnessの2社との同時合併を発表しました。

この合併の発表は好感されて発表時は大きく値をあげました。現在は上場価格の10ドルを少し上回って推移しており、投資家は実際の合併の完了まで様子見となっています。

Forest Roadは続いて2月19日は、Forest Road Acquisition IIを上場させ、さらに3億ドルの調達に成功しています。上記のようにシャックのような有名人が参加していると、何かと話題がニュースに取り上げられるので、やはり有名人がSPACに参加することはいい効果がありそうです。

Forest Road Acquisitionが優れているのは、シャックのような有名人が参加しているだけではなく、トーマス・スタッグス氏のようなエンターテイメント業界と財務の両方に明るいプロフェッショナルを招いて運営していることです。

SPACのスポンサーであるForest Road Capitalの主要なビジネスは、映画制作にかかる費用を貸し付けるビジネスであり、エンターテイメント業界には強いネットワークを持っているようです。

そのような業界へのネットワークと金融への知識・経験が豊富な会社が手がけるSPACであれば、シャックのような広告塔でお金を集めるだけでなく、いい案件をソーシングし、バリュエーションする力を持っていると思います。

ちなみに、シャックはIPOする前のGoogleに出資していたり、RingというAmazonに買収されたホームセキュリティ会社に出資していたりと、単なるNBAスターではなく、投資家としても実績を残しているようです。

現役テニス元チャンピオンが参加するSPAC

現役テニス選手であるセリーナ・ウィリアムズが参画するJaws Spitfire Acquisitionも3月23日にVelo3Dとの合併を発表しました。

Velo3Dは金属の３Dプリンティングを実現しているシリコンバレーの製造テック企業で、2015年に設立され、SpaceXやハネウェルといった宇宙や航空系産業の製造メーカーを顧客にしています。

Jaws Spitfire Acquisitonはホテルグループのスターウッド・キャピタルを率いるBarry Sternlicht（バリー・スターンリヒト）氏です。

本SPACにセリーナがどのような役割を果たしているかはわかりませんが、セリーナも2014年より「セリーナ・ベンチャーズ」という自身のベンチャーキャピタルを運営しているほか、自らビジネスを手がけたり、積極的にビジネス界との関わりをもっています。

そのような面では彼女がSPACに参画するのも比較的自然な動きと言えるのではないでしょうか。

SPACの人材の質とパフォーマンス

シャックやセリーナの件を見るように、有名なセレブが参加することで、メディアへ取り上げられたり認知があがることで、より多くの資金調達ができたり、いい合併先に出会えるようになることは多少はあるのだと思います。

スポーツメディアのSporticoによると７５ものSPACが、スポーツ界の著名人によるなんらかの関与を受けており、SPACの総資産としては２兆7000億ドルものにもなるようです。

では、結局のところそのSPACへどんな人が関わるのか、とSPACへのパフォーマンスには何らかの因果関係があるのでしょうか？

マッキンゼーの調査によると、2015年〜2019年のSPACのパフォーマンスを調査したところ、CEOやCFOなど、CxO経験者が主導するSPACは、そうではないSPACに比べて合併後の1年間のパフォーマンスは40％以上上回っているそうです。

投資ファンドや著名投資家など金融系をバックグラウンドにもつSPACがSPAC合併時に著名企業のCxO経験者を招くこともありますが、このような実務的な面が上場後の企業の成長にいかに必要なのかを示していると思います。

SPACを見る時に、著名人の参加は資金調達や、合併先に対して良い影響を及ぼす可能性があるので、必ずしも著名人の参加＝悪いというわけではないと思います。

しかし、その著名人も資金調達のために使われているだけかもしれないため、その著名人の投資における過去の活動やトラックレコードなどをきちんと把握しておくべきでしょう。

シャックやセリーナなどはスタートアップ投資やビジネスにも積極的に関わっているようなので、SPACに参画することに対してはあまり違和感がないですし、彼らの知名度がむしろ良い合併先を見つけることに影響があったと思います。

しかし、著名人以上に、SPACへのパフォーマンスに実務家の能力や経験が影響しているのは、マッキンゼーのリサーチにより明らかです。SPACを見る際に、スポンサー企業の知名度や著名人の参加などよりも、どのような実務家が参加しているのかを見ることが重要ではないでしょうか。

今回のSECの投資家への注意喚起は必ずしも著名人が参加するSPACが全て悪い、ということを言っているわけではなく、筍のように乱立するSPACをひとからげにみるのではなく、ひとつひとつ会社の経緯、参画するチームを精査して判断すべき、という喚起なのだと思います。

Frontier Financing（フロンティア・ファイナンシング）
本ノートは、SPACやダイレクトリスティングをはじめとした、新しい資金調達の手法に関するニュースや考察などをまとめて記事にしています。

海外では毎日のようにこのようなニュースが出ていますが、日本ではこれらの新しい手法はまだまだ情報は限定的で、未知の部分が少なくありません。

この記事を通じて最新情報や資金調達手法への理解が深まり、将来的には日本でもこれらの手法が広まり、より多様な資金調達の手法をスタートアップや企業が利用できる世界ができればと思っています。

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