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書籍レビュー『安全な妄想』長嶋有(2011)誰もが「しっかり」観ていないものを敢えて語る


ブルボンと私

20代の頃から著者のエッセイを
読んできました。

しかし、「長嶋有」名義の
それがあることを知らず、
私が読んできたのは、

「ブルボン小林」名義の方でした。

著者は「長嶋有」
「ブルボン小林」の二つの
ペンネームを使い分けており、

「長嶋有」としては、
芥川賞、大江健三郎賞、
谷崎潤一郎賞も受賞しています。

「ブルボン小林」名義では、
おもに、ゲームやマンガといった
サブカル系のコラムを執筆しており、

私が20代の頃に、
ブルボンのコラムを
はじめて読んだのは、
ゲーム雑誌『ファミ通』でした。

このコラムがおもしろくて、
単行本も買って、
何度も読み返しているほど、
好きなんです。

長嶋有の小説では、
『ジャージの二人』が好きです。

それなりに歳をとった父と息子が
別荘(古い日本家屋)で過ごす
日常を描いた作品で、

何か特別な出来事が
起こるわけではないのですが、
妙に心に残る物語でした。

本書は、長嶋有名義のエッセイ集で、
ウェブマガジンや雑誌などの
複数の媒体で執筆されたものが
まとめられています。

(一部、書き下ろしもあり)

長嶋有は稀有なエッセイスト

ブルボン小林名義の
エッセイもそうですが、

著者の文章は、
読んでいるうちに
噴き出して笑ってしまうほど、
おもしろいものも多いです。

私がこうやって
文章を書くようになったのも、
20代の頃に読んだ、
著者の文章の影響が大きいですが、

その「おもしろさ」は、
まったく継承できていないと、
ふがいない思いもあります。

どうやったら、
こんなにおもしろい文章が
書けるのか、
私には皆目見当が付きません。

ブルボン小林名義に比べて、
長嶋有名義のエッセイは、
私生活にまつわる話が
多いのですが、

その経験の豊富さが、
私にはうらやましいです。

いろんな経験をして、
それをこうして、
言葉に残しておくことができる、
というのが、すごいですよね。

「作家なんだから当たり前では」
と思う方もいるかもしれませんが、

作家なら誰もが、
おもしろいエッセイを
書けるわけでもありません。

小説はおもしろくても、
エッセイは今いち、
という作家さんもいるでしょう。
(もちろん、逆もある)

純文学の畑に属しながら、
本書で読めるような
「俗」なエッセイも書けてしまうのが、
著者ならではの魅力です。

誰もが「しっかり」
観ていないものを敢えて語る

本書に収録されたエッセイの中で、
「ブルボン」っぽいなぁ、
と思ったのが、

テレビ通販番組
『ジャパネットたかた』について、
語ったものです。

ブルボン小林名義のコラムでも、
かつて夕方にテレビ東京で
放送されていた

『Mr.マリック★魔法の時間』
(『スーパーマリオクラブ』
 などが放送されていた
 任天堂提供枠の番組)
というマイナーな番組について、

熱く語ったものがあったのですが、

この『たかた』について、
語ったエッセイにも
似たものを感じました。

毎週、放送されているけど、
誰もそこまで注目していない
番組なので、

著者のように、分析的には
観ている人はいません。

そこを敢えて、
分析的に語ることによって、
著者ならではのおもしろい
着眼点が浮き出てきます。

そこには「たかた」ならではの
工夫があり、ドラマがあり、
番組としてのスタイルもあるんですね。

そういった部分に着目して
語ったエッセイが、
妙におもしろいのです。

また、「某出版社からお中元で
送られくるお茶がまずい」
というエッセイも秀逸でした。

茶色いパッケージのお茶が
(四角い紙パック)
冷蔵庫に溜まっていく光景を

『テトリス』に見立てるあたりが、
「ブルボン」っぽく感じました。

日々、誰もが心の中で
つぶやいているような、
なんてことはない話が、

著者の腕にかかれば、
こんなに秀逸なエッセイに
なるんですよね。


【作品情報】
初出:『理論社Webマガジン』ほか
   単行本 2011年
   文庫版 2014年
著者:長嶋有
出版社:河出書房新社

【著者について】
'72年、埼玉県生まれ。北海道出身。
'00年、フリーライターとして活動を開始。
'01年、『サイドカーに犬』で小説家デビュー。
ブルボン小林名義でコラムも執筆。

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