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テレビレビュー『エルピス―希望、あるいは災い―』(2022)実在の複数の事件から着想を得た

実在の複数の事件から着想を得た

「エルピス」とは、
古代ギリシャ神話で
「パンドラの箱」に残された

「希望」あるいは「災い」の
兆候のことだそうです。

このドラマの各話の冒頭では、
以下のようなテロップが
表示されます。

「このドラマは実在の複数の事件から
 着想を得たフィクションです」

実際にモチーフとなった事件は、
各話のエンディングで
参考文献も提示されています。

テレビ局を舞台に、
「報道」「司法制度」「冤罪」
といった社会問題を
テーマに掲げた本作は、

プロデューサーによって、
2016年に企画の提案がされましたが、
その過激さゆえに、
一度はボツになったそうです。

しかし、この度、
6年の歳月を経て、
映像化が実現しました。

これはひとえに、
プロデューサーと脚本家の
執念の賜物といえるでしょう。

そして、本作は、前述したように、

「実在の事件から
 着想を得たこと」を
明記しています。

たった数行のテロップですが、
これがあるのと、ないのとでは、
受け止め方も
大きく変わってしまいます。

実際に、今の日本社会の中で、
このような「冤罪」があるのだ
ということを知ると、

なんとも言えない気持ちになります。

しかし、それが現実なのです。

12年前の連続殺人事件

主人公の浅川恵奈は、
(長澤まさみ)
テレビ局のアナウンサーです。

一時は、局の看板番組である
『ニュース8』で
メインキャスターを務め、

局の顔ともいえるほどの
活躍ぶりでしたが、

スキャンダルをきっかけに失脚し、
今は深夜のバラエティー番組で、
コーナーの MC を務めています。

その深夜番組が
『フライデーボンボン』でした。

『フライデーボンボン』は、
低視聴率ながら、
長く続いている番組です。

「ボンボンガール」をメインに据えた、
軽いノリの番組で、
それまで浅川が携わってきた
「報道」とは程遠い世界でした。

実際、局内では、
この番組は「制作者の墓場」
とも言われ、

プロデューサーも
報道から飛ばされた人です。

この番組で若手ディレクターを
務めているのが、
岸本拓朗(眞栄田郷敦)です。

岸本は裕福な家で育った
お坊ちゃんで、
空気が読めない若者でした。

そんな彼を脅す人物が現れます。

『フライデーボンボン』出演者の
ヘアメイクを務める
大山さくら(三浦透子)です。

彼女は、岸本に
テープレコーダーの音声を
聴かせました。

それは、岸本が
ボンボンガールの女の子を
口説く声でした。

テレビ業界において、
制作スタッフがキャストに
手を出すのは、ご法度です。

こんなことがバレたら、
岸本は番組を
降ろされてしまいます。

この録音データを聴いて、
岸本の背筋は凍りつきました。

大山が岸本に要求したのは、
12年前に起きた
「八頭尾山連続殺人事件」を
調査することです。

この事件では、
一人の男が犯人として、
逮捕され、

その後、死刑勧告を
受けていますが、

彼女の話では、
これが「冤罪」だと言うのです。

社会的なメッセージも込めつつ、
エンタメとしてもしっかり楽しめる

背に腹は代えられず、
「冤罪」について、
調査をはじめる岸本でしたが、

どこから手を付けていいか、
さっぱりわかりません。

そこで、岸本は、
この冤罪の調査を
浅川に持ちかけました。

最初は、戸惑いを見せる
浅川でしたが、
しだいに気持ちが変わります。

というのも、かつて、
ゴールデンの報道番組で
キャスターを務めていた浅川は、

「報道」に対しても、
疑念を抱くきっかけと
なったんですね。

こうして、二人は、
冤罪の調査に乗り出すのですが、

当たり前のことですが、
話はトントン拍子に
進むはずもありません。

なんせ、これが冤罪だとすれば、
報道はもとより、
警察の威信にもかかわる話です。

相手は「国」ともいえるほど、
事態は大きくなっていきます。

方々から横槍が入る度に、
二人は挫折と奮起を
繰り返しながら、

事件の真相に迫っていくのです。

私自身も何年か前、
いや、もう10年以上前の
ことでしょうか。

DNA 鑑定で、
冤罪が証明された事件が
報道されたのを
見た記憶があります。

ずいぶん前の話なので、
記憶はかなり薄いのですが、
(結局、他人事と思っていると、
 流れていってしまう)

たしか、その方は
20代か30代の時に、
刑務所に入れられて、

冤罪が証明された時には、
もう50代か60代になっていた
ような気がしました。

つまり、なんの罪もない人が
20年以上も塀の中に
入れられていたのです。

その報道を見て、
「これは一体、
 誰が責任をとるのか」

「責任をとるといっても、
 償いきれないほどの
 ことだなぁ」
と思ったのを憶えています。

その方が塀の中で、
過ごした時間は、
どうあがいても戻ってきません。

でも、現実の世界で、
こういうことがある
というのは、

誰にとっても
「関係のない話」では
ないはずですよね。

いつ誰が、そんなことに
なってもおかしくない
世の中なんです。

現実にある重いテーマを
扱った作品ですが、

エンタメとしても、
優れた作品になっています。

メインの演出を務めたのは、
大根仁監督です。

この方は、ドラマも映画も
手掛ける監督ですが、

本作も映画的な
映像になっており、
その重みがハンパではありません。

大友良英が手掛けた音楽も
映像にピッタリ合っていて、
絶妙なハーモニーを奏でていました。

「娯楽」というと、
こういった苦みのある話から
目を背けることのように、

誤解されがちですが、
本来の「作品」というのは、
このような重大なメッセージが
込められたものでもあります。

深く読み込む余地があり、
エンタメとしても楽しめる、

そんな相反する要素を
見事に昇華させた作品です。


【作品情報】
2022年10月~12月放送(全10話)
脚本:渡辺あや
演出:大根仁
   下田彦太
   二宮孝平
   北野隆
出演:長澤まさみ
   眞栄田郷敦
   三浦透子
放送局:関西テレビ、
    フジテレビ
配信:TVer、FOD、U-NEXT

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