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カセットテープからデータセンターへ : 古くて新しい磁気テープ

最初に入った会社では社内サーバーのバックアップを磁気テープにとっていた。決まった時刻になるとサーバールームに行ってテープをセットするのは新人の仕事で、自分も同期と交代でその業務を行っていた。自分が最初に覚えた仕事と言ってもいいかもしれない。

それまでコンピューター用の磁気テープを手にしたことはなかった。初めて見るその小さな磁気テープに、映画の中に出てくる巨大なコンピューターと大きな回転するオープンリールを想像したのを覚えている。

今回はそんなノスタルジックなイメージの磁気テープが実は現在やこれからにおいても重要な記憶メディアであり技術革新が今なお進んでいることに触れてみようと思う。


磁気テープとは何か

ものづくりの現場から テープメディア生産工程と技術の紹介。技術者にインタビュー! | 富士フイルム [日本] https://www.fujifilm.com/jp/ja/business/data-management/data-archive/tips/merit/002

端的に言えば粉末状に加工された磁性体をテープに貼り付けたものである。磁気ヘッドによって磁性体の磁気を変化させることでデータを書き込んだり、同様に磁気ヘッドによって読み取ったりすることができる。

そして記録メディアの一種である。内蔵HDDなどと違い、テープを取り出して保管されるためリムーバブル(取り外せる)メディアの一種と分類される。

ノスタルジーとしての磁気テープ

Midjourneyによる

ある世代以上であれば磁気テープを使ったことがあるだろうし、若い世代でもカセットテープやビデオテープを使ったことはなくても、存在は知ってはいるだろう。

例えば音楽用のカセットテープ。再生と録音が手軽にできて、聴くだけでなく自分で色々な録音して楽しんだ人も多い。また低速で流れるテープから磁気ヘッドが読み取るというシンプルな仕組みがもたらす、使い方の工夫が生まれるのも面白い。

例えば最近のLoFiヒップホップブームの影響で増えつつあるというテープDJ。

オープンリールテープを楽器として再解釈した和田永さんの「Open Reel Ensemble」。

特別な人へのプレゼントとして手作りのミックステープを作ったり送ったりする文化があった。自分自身はその時代を経験していないが、音楽をモノとしてプレゼントするというのはきっと今やっても楽しい行為なのではないかと思う。

また映画やドラマにおいて巨大なコンピューターと共に回転する巨大な磁気テープが登場するイメージは頻繁に引用される。進んだ科学や未来、またコンピューターを備えた軍事力、といったものをテーマとした作品に登場する。

オープンリール - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%AB

「スパイ大作戦」では任務がオープンリールのテープで伝えられ、聴き終わると白煙を上げ録音が自動で消滅する。僕もリアルに視聴したことはない世代にも関わらず、ある種のミームとして知っている。


そういった文化的なアイコンとしての磁気テープはノスタルジックな感傷を喚起する

磁気テープの歴史

鋼線式磁気録音機 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8B%BC%E7%B7%9A%E5%BC%8F%E7%A3%81%E6%B0%97%E9%8C%B2%E9%9F%B3%E6%A9%9F

最初に磁気でデータを記録したのはデンマークの科学者ヴァルデマー・ポールセンだった。1898年に磁気ワイヤー録音を発明した。これは、金属ワイヤーに磁場を用いて音声信号を記録するもので、音声情報を磁気形式で保存する初の実用的なシステムだった。

磁気テープとしては1935年。ドイツのエンジニアであるフリッツ・フロイメルが磁性粉末を塗布した紙テープに磁気信号を記録する技術を発明した。

マグネトフォン - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B0%E3%83%8D%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3

磁気テープが初めて普及したのはドイツのマグネトフォン(Magnetophon)。1935年に開発され、ラジオ放送で広く使われた。初めは磁性粉末を塗布した紙テープを使用していたが、後にプラスチックベースのテープに置き換えられた。

コンピューター用の磁気テープストレージとしては、1950年代初頭のUNIVAC(UNIVersal Automatic Computer)。1951年にリリースされた商業コンピュータで、磁気テープを使用してデータを保存する最初のシステムの一つだった。

その後CDやHDDの登場でその用途市場を狭めつつ、現在では唯一、富士フイルムがLTOという規格の磁気テープメディアを継続製造・販売している。(ちなみに私も今回調べるまで知らなかったが、あのデジタルカメラのFIJIFILM X-Proなどで知られる富士フィルムである。)

では、そのような歴史を辿る磁気テープはこのまま終わりゆく記憶メディアなのだろうか。

データ増加の問題

Midjourneyによる

ノスタルジーと共に語られもはや身近ではない磁気テープだが、実は現代のある問題に対する有効な解決策と位置付けられている。それはデータ量の爆発的な増加だ。

カメラつき携帯を持ち歩くようになってもう久しい。気軽に動画や写真を撮れるようになったのはいいが、データはどんどん増えていってしまっている。iPhoneにはもう入りきらないし、iCloudやGoogle Photoに入れている人もいるだろう。

仕事で使うパソコンのデータも、終わったものであってもこれも容易に消す判断は難しく、バックアップデータが増えていくのは大きな課題だ。特に映像を扱う仕事などだとそれは顕著な悩みになる。

世界的に見ても、例えばYouTubeでは毎分500時間以上分ものデータがアップロードされていたり、インスタグラムに毎日1億枚以上の写真がアップロードされていたり、改めて聞くと人類が作り出しているデータの量には驚いてしまう。

またモノとモノがインターネットで繋がるIoTの分野でも、自分のヘルスケアデータを記録して健康を管理する分野でも、とにかくあらゆる領域で記録できるものごとそのものが増えている。

そして世界に存在するデータの量は増え続ける。クラウドのシステムやストレージを当たり前に使う時代にはなったが、それらは結局インターネットを経由してどこかのストレージに書き込まれているにすぎない。GoogleやMicrosoftの最新のデータセンターに保存されているデータの量は飛躍的に増加しており、そういう先端のデータセンターで磁気テープは活躍している

磁気テープの優位性

HDDやSSDと比較して磁気テープにはいくつかの優位性がある。

  • 製造コストが安い。HDDよりも安い。データ容量あたりの価格が安いというメリットがある。

  • 容量密度が高い。つまり同じ物理的な大きさの中に保存できるデータ量がHDDより多い。

  • 保存可能な期間が長い。現在主流の磁性体であるバリウムフェライトだと50年以上保管できるという。これはHDDやSSDに比べて圧倒的に長い。

  • 故障が少ない。テープというと絡まったりとトラブルのイメージを持つ人も多いがそれは昔の話らしい。今やHDDよりも故障率は低いという。

  • 消費電力が少ない。読み書きしていない時の消費電力もHDDより低い。エネルギー問題は世界的に重要な課題だ。

  • 読み込みがHDDよりも早い。これは意外だった。しかしシーケンシャルな読み取りに限りで、ランダムリードは苦手なので日常的な用途には向かないが、巨大なバップアップデータという用途には向いている。

これらのメリットがあるため、単に大容量であるというだけなく、環境負荷の低さからサステナブルなコンピューティングに貢献するこれからも必要とされる技術と考えられている。

磁気テープのこれから

Linear Tape-Open - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/Linear_Tape-Open

昔の映画に出てくる大型コンピューターの磁気テープのイメージはリールやテープが剥き出しのイメージだが、現在ではLTOという規格があり、事実上のデファクトスタンダードになっている。規格により決まった大きさのケースに入っている。

様々な技術革新はあるものの、基本的にはテープと磁性体という組み合わせは変わっていない。ケースのサイズは決まっているので、容量を増やそうとするならばテープを薄くするか面積あたりの記憶容量を向上させるかのどちらかしかなく、面積あたりの記憶容量を向上させるには磁性体の粒子をより細かくするしかない。

現在の磁性体として用いられている素材バリウムフェライトだが、次世代の素材としてストロンチウムフェライトがありバリウムフェライトに比べて半分ほどの粒子の大きさにすることによって、将来のバージョンであるLTO14ではテープの改良などと合わせてなんと580TBものデータ容量を実現するという。すでに研究レベルでは実現しているとのこと。580TBあれば自分が一生に生み出すデータとしては足りそうな気がする。

ちなみに現在普及しているバージョンのLTO9は18TBで、580TBとするとこのおよそ30倍以上の容量増加ということになる。CPUやGPUの性能が今の30倍の性能になるのは容易なことではないし、30倍の容量をすでに実用化に十分こぎつけているのは素晴らしいことだ。

おわりに : 私的記憶装置としての磁気テープ

Midjourneyによる

自分の家にはもう磁気テープはない。カセットテープやビデオテープがないからだ。カセットテープは今も愛好家がいて、それで新曲をリリースするアーティストもいるし、私は持っていないだけでカセットテープを持っている人はまだいる。しかしそれはあくまでも古き良きモノとしてのカセットテープの魅力あってのもので、技術的な必然性があるわけではない。

しかし今後、自分自身の持つデータがどんどん増えていくことは目に見えている。カメラの解像度もどんどん上がっていくし、撮る枚数も増え、動画も増えている。データは増えるばかりだ。仕事のデータも増えていく。古い写真や仕事のバックアップなどは、容量が大きい割に頻繁に使うものではないので全部クラウドストレージにアップするのも費用がもったいない。

しかし自宅のHDDに保存しておくのも考えものだ。動かさなければ壊れないというものでもなく、内部のグリスが固まってしまって久しぶりに使おうとしたら動かなかったというような話も聞く。定期的に動かしたり、入れ替えていかなくてはいけない。なかなかの手間だ。

また最近のデータを自分自身のコントロール下に取り戻そう、という動きに接続して考えることもできる。大手IT企業から自分のデータを取り戻すのはいいが、今まで企業がそのデータを無料でサーバーに置いてくれていたのはそれに利益があるから。利益を提供しないならばデータは自分で保管せねばならない。

そうなった時、自身でより大量のデータをより長期間安定的に保持したいと考えるならば、磁気テープは再び選択肢に上がる可能性はある。現在のところは初期導入コストが高いため個人ユースで購入することは考えられないが、再び磁気テープが家にある生活や、自分の生体データから作ったミックステープにオリジナルのラベルをつけて特別な誰かにプレゼントする日が来るのかもしれない。

この記事は、Dentsu Lab TokyoとBASSDRUMの共同プロジェクト「THE TECHNOLOGY REPORT」の活動の一環として書かれました。今回の特集は『ヴィンテージ・テクノロジー』。編集チームがテーマに沿って書いたその他の記事は、こちらのマガジンから読むことができます。この記事の執筆者は、BASSDRUMの池田航成です。

参考


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