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クレモナの伝統的な工法

バイオリンの本体を作る時に元となる物、それが「型」です。この型にブロック・横板・ライニング等を組み立てて本体の輪郭を作っていきます。

まずはどういった工程で作るのか、実際に私が作ったときの記録で見ていきましょう。

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↑ ブロックを型に接着します。

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↑ 中心部分のブロックを整形し、横板材をその形に曲げて接着します。

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↑ ブロックの外側を整形します。

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↑ 横板材を曲げて接着します。

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↑ ライニングを接着します。

型には様々なタイプがありますが、大まかに言って「内型」と「外型」の2種類あります。
内型・・・内側にある型に合わせて横板を組み上げていくもの
外型・・・外側にある型に合わせて横板を組み上げていくもの
※どちらも箱にする前に型から取り外します。

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左が内型、右が外型。中心のものはテンプレート

で、クレモナの伝統的な工法の話になります。
皆さんはどちらが1700年頃のクレモナで広く使われたタイプだと思いますか?

答えは 「内型」 です。(左側)

クレモナのバイオリン博物館にはストラディバリが実際に使っていた内型が残されています。
彼は師匠のニコロ・アマティからこの方法を学んだはずで、ニコロの師匠である父のジローラモ、そしてさらにその師匠であるニコロの祖父であるアンドレアもこの方法を伝授してきたでしょう。
ニコロ・アマティはストラディバリ以外の弟子も多数育てましたから、当時のクレモナではみんなこの方法で作っていたし、教わってきた・・・
はずです。

ということは、クレモナの伝統的な工法は内型を使った方法であると言えることになります。
(伝統的な工法はその他にも様々な要素がありますが、とりあえず)

ところで「では外型は?」となりますね。

外型を使う方法はフランスで19世紀に考案されたと言われています。ですから外型を使う方法は場所も時代も起源が違うことになりますので、クレモナの伝統的な工法とは言えないですね。

でも、それぞれに長所・短所があって、どちらが優れているというわけではありません。

簡単に特徴を言うと

内型
テンプレートで形の目安は書きますが、手作業でコーナー(くびれているところの出っ張り部分)の形を削るので、作るたびに違う形になります。そのため必ず横板から作り始め、響板のアウトラインは横板を基準に作らないといけません。そうしないと横板と響板の形が合わなくなってしまいます。

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このように行程がひと続きになっており、途中で響板や横板を他のものと交換することは出来ません。
以上のことから、一人が一貫して製作する個人工房向きの方法と言えます。

外型
コーナーを含め、常に同じ形の横板を作ることができるので、響板と横板の作業順序は前後してもかまいません。その上、同じテンプレートから作るならどの横板・響板を使ってもかまわないので、途中で別の材料と交換が可能です。

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以上のことから、各工程を別の人が行ったり、複数の楽器を同時に作ったりする大量生産向きの方法です。また、同じ形の横板が作れるので、銘器のレプリカを作る時にも使用されます。

クレモナの工房ではそれぞれのマエストロが自分の理論に基づいて、どちらの方法も利用されています。それこそ「良い楽器であれば完成するまでの工程は関係ない」と思いますので、どちらの方法でも良いと思います。

ただ、外型で作っている人が「私はクレモナの伝統的な方法で製作している」と公言するのは「ちょっとどうだろう・・・」と思ってしまいます。

私の工房では「クレモナの伝統的な工法」を謳っていますので、もちろん内型で作っています。でも、「ストラディバリと全く同じ方法で作っています。」とは言えません。
私の工房では ほぼ、ストラディバリと同じ方法で作っています。
実はクレモナを含め全世界で行われているバイオリン製作は、特別なものを除いてストラディバリと完全に同じ方法で作ることは不可能です

それはなぜか?

簡単に言えば、「ストラディバリが作っていたバイオリン」と「現代で一般的に作られているバイオリン」が違う楽器だからです。

「いやいや、ストラディバリが作った楽器は今でも使われているよ?」

そうです、オークションで数億円の値段がつけられているストラディバリの作った楽器を、トップバイオリニスト達がこぞって用いています。ですが、これらは19世紀以降に改造された楽器なのです。

これは以前バイオリンの改良と発達についてお話した時に、バロックバイオリンとモダンバイオリンの違いと改良のことを詳しく説明しています。

もう一度あの時の図を見てみると、

バロックモダン断面説明入り

いろいろ違いますが、どうやっても製作時に同じ工法で出来ない部分が一つあります。

それは、ネックの取り付けです。

「でもバスバーも指板も違うよ? バスバーは? 指板は?」

バスバーは長さと高さが違うだけなので大きさを変えればいいだけです。
工法は変わりません。
指板は確かに指板の作り方や材料は違うので、厳密に言えばここも含まれますが、ストラディバリと同じ工法で、形は違いますがモダン用に指板を作ることも可能です。(重さの違いや耐久性の低さなどの理由で一般的にはやりませんが、昔スズキでバロックの指板と同じ工法の黒檀張り合わせの楽器がありました。)
ですが、ネックを釘で内側から打つのはどうあってもモダンバイオリンは行いません。

では釘を「打つ」・「打たない」で、なぜ工法まで違ってくるのでしょうか?
それは、ネックを取り付ける順序が全く変わってくるからです。

バロックバイオリンを作る時は、横板にネックを取り付けてから響板(表板・裏板)を接着して箱にします。

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それに反して、モダンバイオリンは、横板と響板を接着して箱を作ってからネックの取り付け部分に溝を掘って、そこにネックを差し込みます。

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つまり本体が箱になってしまっていては金槌も手も中に入らないですから、釘を内側から外に向かって打つことは不可能なのです。
そのため、当時とは違う工法で現在は作っているのです。

「いや、箱にする前に横板にネックを取り付けることは出来るだろう?」

確かに出来ます。ですが、面倒な上に精度も落ちるだけでデメリットしかありません

バロックバイオリンにしろ、モダンバイオリンにしろ、どちらもバイオリン族の前提として、ネックは必ず楽器の中心に向かって取り付けていないといけません。もしそうしなかったら、指板の上から外れたところに弦が並ぶか、駒がかたよった場所に立つようになります。

ネック向き

ネックが斜めになっている大袈裟な例(右2つ)

また、モダンバイオリンはネックの取り付け角度を表板に立てた駒の高さに合わせないといけません。
バロックバイオリンの場合、駒の立つ高さに合わせる役目は指板が行っていますので、ネックの取り付けは本体の中心に向かっているかどうかだけ見ればよかったのです。

ネック取付角度

ネックの取り付け角度

楽器の中心に向かっていて、角度が表板に立てた駒に合わせる様にネックを取り付けるには、箱になってから取り付けたほうが断然簡単なのです。なぜなら、溝を刻む量によってそれぞれの角度が微調整できるのと、実際に駒を表板に立てて高さや左右のズレを確認できるからです。

箱にする前だと、響板を接着する時にネックの向きが中心からずれる可能性があり、表板が無いので駒の立つ高さは想定される高さを想像して測りながら行うしかありません。それらがうまく行かなかった場合は、最悪、響板を剥がしてやり直さないといけなくなります。

「じゃあ、バロックバイオリンも溝を刻んではめ込めばよかったのに。」

確かにね。私もそう思います。
が、過去に行われた事に関してはどうすることも出来ません。ストラディバリはそうしなかったのですから。

「なんでそれがわかるのか?」ですって?

それは実際に釘が打たれている楽器や跡が残っていることや、改造した人たちの文献が残っているからです。
実際に現代でバロックバイオリンを復元している人の中には、ネックを釘で止めるのではなく、本体に真っ直ぐなところやネックの長さなどはバロックバイオリンの基準に合わせて、溝を刻んで取り付けている人もいます。

モダンバイオリンをストラディバリと同じ工法で作るのは不可能、というよりナンセンスなのがわかって頂けましたか?

でも今までの話からすると、バロックバイオリンを作る場合は可能?

そのとおり、ストラディバリを含め、当時の製作者が作り方の詳しい文献を残していないので、あくまで楽器や残された工具からの推測された工法になりますが、バロックバイオリンを作るときは当時の工法をすべて再現可能です。

ストラディバリが行っていた工法はS・F・サッコーニ(Simone Fernando Sacconi 1895 – 1974)という方が、クレモナに寄贈された工具やテンプレート等とストラディバリの作った楽器を、彼の弟子に当たるF・ビッソロッティ(Francesco Bissolotti 1929-2019)と共に研究して、「THE "SECRET" OF STRADIVARI」という本にまとめました。
その内容からすると、ストラディバリは内型で作るだけではなく、「Cassa Chiusa」という工法で行っていました。

Cassa Chiusa(カッサ キウーザ)とは、日本語で「閉じた箱」という意味です。
バイオリンの共鳴胴(箱の部分)の事をイタリア語で「Cassa Armonica」(カッサ アルモニカ:直訳で「倍音の箱」)と呼びます。ここから「Cassa」とはこの略なのがわかります。
で、製作工程の中で響板(表板、裏板)を横板と接着して、文字通り「箱」にすることを「Chiusura」(キウズーラ:名詞「閉じること」)又は「Ciudere」(キウデーレ:動詞「閉じる」)と言います。
このことから、「Chiusa(o)」(キウーザ:形容詞「閉じている」)とは響板と横板が接着された状態のことを言います。
以上をまとめて、「Cassa Chiusa」とは「響板と横板が接着された共鳴胴」を意味します。

ところで、「Cassa Chiusa」には対になる言葉で「Cassa Aperta」(カッサ アペルタ)があります。「Aperta」は「開いている」という意味です。
まあ、「閉じた箱」「開いた箱」と、そのまんま対になっているわけですが、それぞれを説明するとどういう意味かわかって頂けると思います。

Cassa Chiusa
少し大きく切り出した響板と横板を接着してから、横板を基準に響板の縁を整形してパフリング(縁周辺の細い装飾)を埋め込むといった工程で行う製作方法。

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Cassa Chiusaの行程の一つ:
箱の状態でパフリング用の溝を掘っているところ

Cassa Aperta
横板(外型の場合はテンプレート)を基準として縁とパフリング工程を行って、響板をほぼ完成させてから横板に接着するといった工程で行う製作方法。

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Cassa Aperta:
表板・裏板をほぼ仕上げてから横板と接着する
(横板と接着する前にパフリングが入っている)

つまり、縁とパフリング工程の作業を箱にしてから(Cassa Chiusa→閉じた箱 で)行うか、箱になる前に(Cassa Aperta→開いた箱 で)行うかの違いです

なぜストラディバリがCassa Chiusaで作っていたと言えるかというと、ネックが付いた横板を響板と接着する時に融通が利くCassa Chiusaという方法が、ニコロ・アマティを含めたクレモナ派の製作方法だったからではないかと推察できるからです。

具体的にCassa Chiusaで「融通がきく」とはどういうことか説明すると。
ネックを横板に付ける時、内型を外して釘で固定しますが、必ずしもネックが楽器の中心に向かって取り付けられているとは限らないのです。もちろん理想としては​前回説明した様にネックが楽器の中心に向かっているように固定しないといけませんが、慎重かつ高精度な作業が必要になります。
そこで、ネックが付いた横板を響板と接着するときに、横板を変形させてでもネックが楽器の中心に向かうようにして横板と響板の接着をする必要があります。

ネックのズレ

赤色の線が変形前、黒色の線が変形後

上図の例では横板に最大1mm弱のズレが発生しています。大した差ではない様に感じると思いますが、横板から縁までの距離はスタンダードで2.5mmほどですから、40%近くのズレが発生していることになります。

そして、横板を変形させて接着していたとしたら、響板の糊代部分と横板との接着部分が接着する前の横板を基準にする形とズレる可能性が出てきます。つまり、すでに縁を仕上げていたとしたら、横板と縁までの出っ張っている距離が均一な距離に出来なくなります。それどころか、ズレがひどい場合は横板が縁から飛び出したり、内側に入りすぎて隙間が空いてしまう様になります。

横板のズレ

ひどいズレの例(断面図)

上図は極端な例です。左側は糊代から極端に内側になってしまい、隙間が空いてしまっています。右側は辛うじて糊代に付いてはいますが、縁からははみ出しています。
実際のところはここまでズレるということはまず無かったでしょうが、もし0.5mmのズレ(20%のズレ)であったとしても素人目で見てはっきりとズレがわかります。ましてやクレモナの楽器職人たちは製作精度や美観を重視していたはずですので、こんなズレを許せる職人は少なかったはずです。

以上の事から、横板を接着した後に縁を決めるCassa Chiusaの方が横板が変形していても融通が利き、予定していた形からは若干変形があるものの、ある程度美観を損なわずに完成させることができるので、「クレモナ派の製作家が当時はこの方法で行っていた」と推察出来るのです。なお、装飾のパフリングは「縁から内側何ミリ」といった感じで縁を基準に作るので、必然的に縁を決めてからでしか行えません。

ただし、ストラディバリはその中でも群を抜いた素晴らしい精度で楽器を作っており、融通が利く必要がほぼ無かったようです。それは何故かと言うと、以下の写真を見て頂くとわかります。

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これはクレモナ市所有の「il Cremonese 1715」という楽器の裏板の写真に、この楽器を作る時に使われたとされている内型「Forma G」の写真を重ねているものです。
見てのとおり、全くズレがありません。型と楽器がズレていないということは、「横板を変形させていない」と言えるので、ネックは完璧にまっすぐ横板に取り付けてあったはずです。

つまり、実はストラディバリの技術ならCassa Chiusaで作らなくても、バロックスタイルの楽器は完璧に作れたはずです。

では、なぜCassa Chiusaで作ったと推測出来るのか。

バイオリンの製作工程を知っている人物なら、楽器をよく観察すればストラディバリがCassa Chiusaで作っていたことが証明できます。

今までの考え方が歴史的な状況証拠からのアプローチなら、この方法は実際に存在する楽器の製作跡という物的証拠からのアプローチです。

まずはこの写真を御覧ください。

木釘

この写真はクレモナ市の所有しているバイオリン「il Cremonese 1715」の裏板です。
注目して頂きたいのはネックの付け根にあるボタンの真下、矢印の指し示している部分です。パフリングで分断された何かがあるのがおわかり頂けますか?
これは響板とブロックの位置がズレないようにする「木釘」です。

まさに、あの「木釘」がストラディバリがCassa Chiusaで製作している動かぬ証拠なのです。

この「木釘」はブロックと響板のズレを防ぐために打っています。特に横板を変形させてでもネックを中心に向かわせる時に、楽器の中心線からブロックがズレるのを防ぎます。

木釘やじるし

ネックを中心に向かわせるための横板の変形の例
矢印のところが木釘の打ってある所

そして、前述のようにパフリングで分断されているということは、木釘が打たれてからその上にパフリングを入れる作業をしているということです。
具体的にどういうことなのか、Cassa Chiusaでの製作方法を順を追って説明します。


木釘を打って、響板と横板を接着するところまでしている想定です。
:右側の図は中心線の断面図

木釘1

↑ 縁を成形します。

木釘2

↑ パフリング用の溝を、縁を基準に掘ります。

木釘3

↑ パフリングを埋め込みます。

木釘4

↑ パフリングの上を彫って縁をきわ立たせます。

以上が木釘がパフリングで分断される工程です。
では、なぜCassa Chiusaでないとこの様にならないかと言うと、逆にCassa Apertaで木釘を打つとどういう風になるかを考えるとわかります。

Aperta パフリング1

↑ Cassa Apertaでは箱になる前にパフリングを入れてありますので、横板との接着前はこのようになっています。

Aperta パフリング木釘接着前

↑ そこに同じ位置に木釘を打つとこうなります。

これではパフリングが木釘で分断されていますので、写真の様にはなりません。
では、木釘を打ってからパフリングを入れてみたら・・・

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 ↑ 縁を成形した後に木釘を入れるまでは良いのですが・・・

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↑ パフリングを埋める溝を掘るこの時に、出っ張った木釘が邪魔で思うように溝が掘れません。

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↑ また、パフリングを入れるこの作業の時にはパフリングを金槌で叩いて打ち込むようにして溝に入れるのでこの時も木釘が邪魔になります。(というより木釘が折れるでしょう)

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↑ そしてこの作業の時も丸鑿で彫ったり小さな鉋で彫ったりしますので、出っ張った木釘が邪魔になります。

そして特にこれが重要なのですが、もし木釘を打つにしてもパフリングで分断されるこの部分である必要は無いのです。
なぜなら、ストラディバリは故意にパフリングで分断されるところに木釘を打っていたわけではなく、たまたま木釘がパフリングで分断される所に打ってある楽器があるだけだからです。

事実、同じ楽器「il Cremonese 1715」で、裏板下部の木釘はパフリングを分断していません。

木釘2

「il Cremonese 1715」の裏板下部:木釘はパフリングで分断されていない

つまりストラディバリは木釘をパフリングで分断する必要は無かったわけですから、もしCassa Apertaで作ったなら、木釘をパフリングで分断する様な難しいことをあえて行う必要も無いですし、やっても意味が無いのです。横板との接着作業の直前にパフリングを避けた所に木釘を打てば良いのですから。

もしCassa Chiusaで作ったなら、その作業工程で木釘がパフリングに分断される事があったとしても、それは自然なことですから変なことではありません。あえてそうするつもりがなくても、そうなってしまう場合があるだけですから。

以上のことから、木釘がパフリングで分断されている事がCassa Chiusaで作った決定的証拠になるわけです。

・・・・・・

さて、ここまでをまとめると、クレモナの伝統的な工法とは

内型を使ってCassa Chiusaで製作する

という事になります。

私は「ほぼ、ストラディバリと同じ方法で作っています。」とお話したとおり、内型を使ってCassa Chiusaで作っています。
これは、クレモナで「Cassa Aperta・Cassa Chiusa」「外型・内型」それぞれを学んできて、クレモナの伝統的な方法とはなにか、クレモナで学んできた意味はなにかを考えた時に、「ストラディバリの工法に近い作り方をするべき」だとたどり着いたからです。

それは、私の恩師であるWanna Zambelliへの敬意でもあり、その師匠であるFrancesco Bissolottiと、さらにその師匠であるSimone Fernando Sacconiへの畏敬の念でもあります。

クレモナで300人以上いる製作家の中で、Francesco Bissolottiが「現代のストラディバリ」と呼ばれていたのは、彼がCassa Chiusaで作り続けていたからなのだと私は確信しています。

出典・参考文献
A BALAFON BOOK: 「THE VIOLIN BOOK」
Museo del Violino: 「il Cremonese 1715 300° ANNIVERSARIO」

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