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箱根駅伝・山下りの旅 #3 元箱根から小涌園

本格的なスタート

 元箱根のバスターミナルまで戻った。
 車道を跨いで立つ大きな鳥居を見上げる。
 先ほどはこの鳥居をくぐって箱根神社まで行ったが、駅伝のコースは鳥居の右側を入った細い道を登ることになっている。
 この道は、少し進めば再び国道一号に合流するのではあるが、ここは忠実にコースを辿っておきたい。
 鳥居脇に着いたのが、一二時二五分であった。
 スタートからすでに一時間以上が経過している。
 しかしこれまでは歩き半分・観光半分であった。
 ここからが、今回の〝山下り歩き〟の本格的なスタートであると云えよう。

 杉の蔭の道を進んだ。
 道を一本入っただけなのに、先ほどの喧騒が嘘のようだ。
 しばらく行くとガソリンスタンドがあり、ここで一号線に合流した。
 道は曲がりながら、上に伸びている。
 最初に思ったのは、歩道がない! ということだった。
 これは想定外の景色だった。
 今回の山下りを企画するにあたっては、事前にグーグルマップのストリートヴューを見て、コースに歩道があることを確かめていた。だから、安全だな、大丈夫だな、と考えGOサインを出したのだ。しかし、コースの端から端までストリートヴューで確かめたわけではなかった。自分がたまたま閲覧した地点には歩道がついていた、というだけだったのだ。
 歩道がない。
 歩く人は誰もいない。
 時折、自動車が快速で駆け抜けて行く。
 やめようか……という思いが一瞬湧いた。
 しかしここまで来たのだ、行けるところまで行ってやろうじゃないか、という気持ちが勝り、足が前に出た。

 歩くルートを、車道の左端にとった。
 道路交通法によれば、歩行者は右側を進むべきなのかもしれないが、何となく左にいる方が心理的に落ち着いた。左の白線のさらに左側を歩いていれば、後ろから来る車の運転手からも視認されるだろうし、カーブで出会い頭に体を擦られる、という危険もないだろう。
 道はカーブを繰り返しながら、着実に上っていた。
 車の音が切れると、シーンとした。
 先ほどの観光客の喧噪が嘘のようだ。
 自分はここで何をやっているのだ? という気がしないでもない。
 しばらく行くと、右手に、こんもりと膨らんだ円い山が見え始めた。
 こんな山はテレビ中継で見たことがない。
 他方で、選手たちの視界にはこの山が確実に入っているだろう。
 テレビ画面の映像と、選手たちが見ている風景は、ぜんぜん違うのだ、ということを強く思った。

 こんもりした山が見えてから少し行くと、レンガ色の歩道が出現した。
 しめた! と思った。
 大きなスーツケースを転がすアジア人の姿も見え始めた。
 このあたりに宿泊施設があるのだろう。
 歩道に上がって安心して進んでいると、今度は左手に、こんもりした山が見えてきた。
 道は、右と左をこんもりした山に挟まれた間を進んでいるようだ。
 左手の下に、ドブ茶色をした池が出現した。精進池と云った。

精進池

 この周辺は信仰の地になっているようで、車道の反対側に、仏像の姿が彫り込まれた岩が見られた。
 道は、ほぼ直線だ。
「国道1号最高地点 874m」の標識を見た。
 これが一二時五九分であった。
 本格的に歩き出してから、三〇分少し登って来たことになる。
 あとは下るだけだ、と思うとスッと気が楽になった。
 ここまで歩いた感じは、テレビで見る印象とだいぶ違った。
 やはり何事も、現地に行ってみないと駄目だな、ということを強く思いながら歩いた。

国道1号最高地点の標識

小涌園まで

 下りにかかって、背中のザックの片方のバンドを肩から外した。そうすると風が通って、背中の汗も乾いてきた。
 歩道もあるし、あとは下る一方なので、大名旅行だ。
 大きく腕を振りながら歩いていると、前方から、軍手をはめたジャージ姿の男が、喘ぎながら登って来た。しかし競技のランナーにしては肥えている。ダイエットとして走っているのだろうか。これが今回の山下りで遭遇した初めての〝自動車以外の通行者〟であった。
 しばらく行くと、今度は女性のサイクリストに出会った。登りの坂道を、自転車にまたがって亀の歩みで這って来る。すれ違ってしばらくして振り返ると、片脚を地面について水筒を口に当てていた。

 道はうねうねと身を捩りながら、高度を下げていた。
 風がなくなり、暑さを感じるようになった。
 正面に、箱根の外輪山の輪郭が、意外な高さで見えてきた。
 今度はあの山の尾根道を歩いてみるのも悪くないな、と思ったりした。

小涌谷へと下る国道1号線

「小涌谷」「小涌園」などの表示を目にするようになった。
 正面に、白い洋館が見えてきた。
 それが、箱根小涌園ユネッサンの建物だった。
 その目の前の交差点は、以前バスの中から見た覚えがある。
 宣伝を兼ねているのだろう、交差点からよく見える位置に、足湯の施設があった。
 見ると、「どうぞご自由にお入りください。」と書いてあるではないか。
 靴と靴下をとって、両足を透明な湯の中に浸けた。
 生き返った。
 まるで自分のために用意された足湯のように思った。
 ザックの中から塩むすびを取り出して口に入れた。
 これが一三時四七分であった。
 スタートから二時間三六分が経過していた。

(次回に続く)

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