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#2020年に読んだ本10選

 ツイッターで掲題のハッシュタグをツイートするのに合わせて、詳細版として各書籍にコメントを添えたものです。タグ名の通り、選書の対象は今年刊行された書籍ではなく、今年中に私が初めて読んだことが条件のため、古典的な作品も含んでいます。対象書籍のレビューは全て読書記録サイトのブクログに投稿済みで、併せて各レビューへのリンク先を貼っています。他の方のレビューやAmazonの商品ページへのリンクも含め、より詳しい情報をお求めの方はリンク先をご覧ください。

『勉強の哲学 来たるべきバカのために』千葉雅也

 ときおり著者の専門である哲学に関する記載が現れるものの、基本的にはあくまで世間一般の読者に向けて開かれた"勉強のススメ"。副題の強さからしばらく敬遠していたが、実際に読んでみるとコワモテなイメージとは裏腹に、親切心にあふれる良書だった。一般にこの手の書籍は理論だけで終わり、読後に放り出された気分になるケースも少なくないが、4章を中心に実用的な情報が掲載されていることも本書の特色となっている。「完璧な通読などありえない」「三日坊主的にあれこれ勉強するなかでつながりが見えてくるのが勉強の醍醐味」といった著者の言葉には、勉強に対する先入観を改めさせられる。学生時代に勉強に対して忌避感をもってしまった方も含めてオススメしたい、向学心を賦活してくれる一冊。

『フランケンシュタイン』メアリー・シェリー

 色々な意味でインパクトを受けた古典作品。まず、怪物を含めた主要人物の内面の描写、展開も読者を飽きさせない巧妙さ、語り手が入れ子状に切り替わる構造などの要素から、物語として面白く読めたこと。次に、主人公であるフランケンシュタインが怪物を生み出した動機などに、さまざまな解釈が可能な示唆に富む作品であること。さらに、一般に流布された「フランケンシュタイン」のイメージとのギャップ。「フランケンシュタイン」が怪物ではなく、怪物を生み出した科学者の名前であることは既知だったが、科学者の年齢をはじめとした人物像や怪物のキャラクターなどについては、派生作品から持ったイメージを大きく覆された。最後は作品の内容ではなく、作者個人の情報に驚かされたこと。本書の解説に詳しい。

『ボタン穴から見た戦争』
 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ

 3000万人が命を落としたとされる苛烈な独ソ戦を子ども時代に経験した、白ロシアとされる地域(現ベラルーシ)に住む人々に対し、戦後40年経過後に為された聞き取りをまとめたもの。著者の作品でもっとも有名なのは、最近コミカライズもされ、同じく独ソ戦をテーマにさまざまな形で戦争に関わった女性たちへの聞き取りを行った『戦争は女の顔をしていない』だろう。ほかにも原発事故に関わる人びとに迫った『チェルノブイリの祈り』も他二冊と同様に岩波現代文庫で読むことができる。いずれも体験者の口から空前絶後ともいえる戦争と災禍に現れた、地獄絵図ともいえる光景の叙述が含まれており、読み進めること自体が辛いとする感想も散見される。三冊のすべてから強い衝撃を受けるとともに、このような仕事をやり遂げた著者に対する畏敬の念に堪えない。既読の三冊から本作を選んだのは、単に私のブクログのレビューのなかで比較的マシだったため。いずれも未読で興味のある方は、本作に限らず関心のある作品から手に取ってほしい。

『ルポ技能実習生』澤田晃宏

 ニュースやSNSなどで非人道的な扱いがたびたび話題に挙がる技能実習生問題。まず、彼らに対する日本企業の苛烈な扱いに焦点を絞った内容"ではない"ことが、本作の特色として挙げられる。著者はたびたび報道で取り上げられるような人権問題の存在を認め、そのような行為は断じて許しがたいとしながらも、それでも日本への技能実習生が絶えないのは基本的に彼らにとって十分に利がある(可能性が高い)行為であることを、実習生を送り出す海外の組織への訪問やインタビューから確認している。そのうえで、あくまで問題の根は別の部分にあるとし、非人道的な状況を生む原因が何であるか著者としての結論を導くまでに至っている。極めて今日的な問題を、海外を中心に各地への度重なる渡航を通して丹念に追い、問題を立体的にあぶりだした出色のルポルタージュ。まえがきやあとがきで、前途輝かしい元技能実習を前にして複雑な心境を覗かせる著者自身の心象も琴線に触れた。

『青い眼がほしい』トニ・モリスン

 1941年頃のアメリカを舞台に、9歳のクローディアという少女と彼女の身に起こる事件を中心に黒人たちの世界を描いた小説。黒人に対する差別を扱っているが、黒人のなかにおいても差別関係が存在することも描かれており、視点は黒人への差別という限られた範囲だけでなく、差別とはそもそも何なのかといった範囲にまで広げられている。ここまでの記述だと、小説としての内容よりも主張が先に立つタイプの作品を想像してしまうかもしれない。しかし、本作は問題を意識させるためだけにあるような作品ではなく、差別問題に対する関心の有無をさておいても、小説として多くの魅力を備えている。ショッキングな内容も含んでおり、ガツンと殴られたような強い読後感を残す作品だった。

『桶川ストーカー殺人事件―遺言』清水潔

 1999年に女子大学生が殺害された事件に、当時写真週刊誌の記者だった著者が取材し、結果として警察よりも早く犯人にたどり着いた顛末が綴られたノンフィクション作品。著者がこの事件に当たって立ち向かったのは、ストーカー殺人犯だけではない。被害者が事件前に被害届を出していながらも動かず、事件発生後には記者よりも犯人の発見に消極的という不審な挙動を見た、警察の暗部が本書後半の主なテーマとなっている。現実に被害者のいる事件に対しては不謹慎な意見かもしれないが、著者が周囲の協力を得ながら犯人を追い詰めるスリリングな過程、徐々に明るみに出る警察の暗部の描かれ方など、純粋に読み物として面白い。同著者の作品としては、出版社が特別版のカバーを付けるなどされている『殺人犯はそこにいる』が推されやすいが、個人的な読み応えとしては本作が優っていた。

『チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学』小川さやか

 香港のタンザニア人コミュニティにおける半年間の参与観察をもとに綴られた一冊。一見して無定見とも捉えられかねない、そこに暮らし生計を立てる人びとの生き方から、現代の資本主義社会においてコミュニティ内で相互扶助を実現しながらも過度な干渉を避けることを実現した、数々の工夫と知恵が隠されていることを知る。新自由主義が当然視されはじめ、自己責任論が跋扈しがちな現代社会において、独特のコミュニティを構成して軽やかに生きる人びとが実現した未知の社会の在り方に希望を感じる。同著者の『その日暮らしの人類学』と比較して文章は読みやすくなっており、著者とボスとのコミカルなやりとりも楽しい。ボスの口癖である「嫉妬は最大の敵」という言葉も、シンプルながらも肝に銘じておきたい警句。

『居るのはつらいよ: ケアとセラピーについての覚書』
 東畑開人

 沖縄の精神科デイケアに勤務した経験をもとに精神疾患治療の現状と理論を伝える一冊。"ケア"と"セラピー"が何であるかを定義するという、あくまで学術的なテーマを持ちながらも、実体験をベースに著者自身の数々の自虐を交えながら登場する人々をユーモラスに描くことによって、多くの読み手を導くことを可能にしている。精神疾患の治療を志す読者だけでなく、本書が大きくピックアップする「ケア労働とは何か」というテーマをめぐっては、看護師や介護士はもちろん専業主婦を含めて現実に該当する読者は多岐にわたる。そういった労働や作業に携わる、またはこれから関わろうとしている方々に広く読まれてほしい著書。個人的な読書に引き付けると『ブルシット・ジョブ』などでもその重要性と見直しが指摘されている、ケアリング労働に対する大きな示唆を与えてくれる点において、今後も長く読まれる一冊になりそう。

『存在の耐えられない軽さ』ミラン・クンデラ

 男女四人に視点を移しながら1968年の"プラハの春"とソ連の軍事介入という歴史的事件によって、人生を左右される四人の遍歴を描いた恋愛小説。作品の存在を知りながらも長らく敬遠していた作品だが、率直に読んでよかったと思えた。メタ的な作者自身による饒舌で哲学的な語りをはじめ、私の読解力で理解できるのは作品のごく一部に過ぎないことは間違いないのだが、それでも、いずれは再読したいと思わされた。歴史的な事件や思想的な問題を扱い、物語の構成としても凝っているうえ、先の通り難解な語りも少なくないため、決して万人向けの作品というわけではないが、それでも興味があるという未読の方にはオススメしたい小説。「愛とはいったい何か」という問いを陳腐に感じさせず、読後の余韻も深い。

『死神の棋譜』奥泉光

 一度は読んでみたいと思っていた著者の小説。もともと興味のあるプロの将棋界を舞台にしたミステリ作品なら読み通せるだろうということと、今年刊行ということもあって試してみることに。名探偵が登場しない現実的な展開に、怪しげなオカルト要素が交錯する本作は、読了後には普段ミステリ小説を楽しんだ後には味わうことのない独特の感慨が残された。個人的には、主人公がヒロインに対して抱く感情や行動が生々しく、自分にも起こりうるであろう主人公の暗い心理の追体験も印象的だった。物語の終盤、真相が明かされる辺りに至っては、先が気になり貪り読む形に。忘れっぽい自分にしては珍しく、読書からしばらく経った現在でも作品全体の印象や細部の記憶を思い返す。ちなみに将棋については、できれば駒の配置を知っていれば望ましい程度で、知識がなくても関係なく楽しめる。一箇所だけ棋譜が登場するが、パスしても展開を追ううえで支障はなかった。

補足

・ブクログへの投稿は今年からですが、一部には昨年読んだ本もレビューの対象としています。そのため、ツイッターやブクログで紹介した書籍のなかには、今回の10選としては対象外の書籍が含まれています。
・紹介の順序はブクログへの投稿順に沿っています。ただし、初期の投稿順については実際に読んだ順序とは違う場合があります。
・軽い気持ちで書きはじめてみたら意外と大変でした。結果的に今年の"読んで書く"活動を締めくくる記事になりました。
・トップ画像はpixabayより。作成者はwytrazek様です。

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