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はじめての裁判傍聴⑤ 民事裁判編

 前回に続いて今回は、いくつかの民事裁判の様子をお伝えします。刑事裁判と比べて、実質的に取り上げている裁判の数は少なくなっています。具体的な内容に触れないための配慮は前回と同様で、原告と被告に対する個人的な見解も差し控えます。

1.複数の支払督促

 裁判所玄関ロビーにある守衛室前のファイルから民事裁判の予定を選んで眺める。そのなかに10分から15分ほどの裁判が連続して予定されている法廷がある。原告欄には見覚えのある金融機関名称などが並ぶ。
 今回傍聴したなかでは最も狭い法廷に入ると、傍聴席から法廷への入り口の先にある席にスタッフらしい女性が座っている。女性は入室した私に視線を合わせて立ちあがり、氏名を尋ねてくる。初めて法廷で話し掛けられて一瞬戸惑ったのち、債務者と誤解されたことがわかり、傍聴であると伝えた。了解した女性は書記官に傍聴人であることを伝えて再び着席する。可能とはいえ、このような裁判に訪れる傍聴人は少ないのだろう。
 原告の席には金融機関の代理人が交代に現れる。同様に、さきほどの受付にあたる女性スタッフに氏名を告げた債務者が代わる代わる被告人席に立つ。傍聴人席は実質的に原告の代理人と債務者である被告の待合スペースとして扱われている。原告、被告ともに言葉を発する機会はほとんどなく、裁判官がそれぞれに金額と法的に拘束力をもつ旨を言い渡すといった、流れ作業に近い審理が続く。

2.事務的な審理とひとつの例外

 このほか、やや大きめの法廷も含めて30分以内が予定されている裁判の傍聴をいくつか試みたが、いずれも形式的なもので、相互に書類をチェックしたうえで次回に審理する内容を確認するだけで終わるものも少なくなかった。基本的に関係者以外の傍聴人もいない。地方裁判所レベルの民事裁判の当事者になった場合、裁判費用だけでなく日程的にもかなりの負担を強いられそうである。
 このように民事裁判の短時間の審理は傍聴席にいることが場違いに感じられるばかりで、いくつかを傍聴した後に入室を避けるようになった。
 そんななかで唯一例外的だったのが、やはり30分程度しか予定されていない裁判なのだが、原告が代理人を立てなかったケース。原告は会社の代表らしき男性で、部下と見られる男性も傍聴人として随伴している。原告は、被告の代理人と裁判官に対して怒りの感情もあらわに訴えを述べるが、原告の主張は別件であるため、別途書類の提出が必要であると裁判官と被告側から制止される。裁判官の態度も原告に対して冷ややかに見えなくもない。結局、次回の予定を確認しただけで実質的な審理はなし。不服そうな様子を隠さない原告は、傍聴席の男性とともに法廷をあとにする。現実的には、代理人なしで訴訟を進めることは困難だろうことを実感した。

3.解雇無効の訴え

 前述までの傍聴に懲りて、もっとも広い法廷で4時間が確保されている審理を選ぶ。今回は自分以外にも二、三人の高齢者が傍聴に参加している。
 原告の中年男性は、ある宗教法人を解雇された元従業員。被告は解雇した側の宗教法人。原告は解雇を不当であるとして、組織での再雇用を訴えての裁判となっている。原告席には男女二名の弁護士が並ぶ。一方の被告側は、高齢の男性弁護士が一名。この裁判では、訴えを起こした原告の男性と、被告である宗教法人を擁護する立場の男性が証言に立った。
 裁判を通して、別個の事件が本件に深く関わっていることを知る。以前、この宗教法人は原告の親族によって営まれていたが、この親族は刑事事件を起こして逮捕されている。事件後、宗教法人は外部から新たな代表を招へいする。しばらく経って、宗教者らしからぬ事件の影響で信者が減少して収入が激減したことで原告を雇う余裕が失せ、これに加えて被告側が主張する原告の副業を理由として解雇に至った経緯が明らかになる。
 主な争点は三つ。原告の親族が起こしたスキャンダラスな事件によって、宗教法人としての収入に大きな影響があったのか。原告の副業は事実か。そして、法人の信者が原告の復帰を望んでいるか否か。
 原告側は、宗教法人の減収は事件ではなく時代の変化によるものと指摘。副業とされる件については、無償行為であったとする。そして、原告は複数の信者から口頭で復帰希望を聞いたことを主張する。
 被告側は、原告の肉親の事件が法人減収の主要素と認識としている。原告の副業については事実であり、従業員としてふさわしくない旨をアピール。信者が原告の復帰を望む声は聞いたことがないと述べる。
 一度の休憩を挟んだ二時間ほどで、二人の証言と尋問が終わる。双方、譲らぬ主張だが、ここで裁判官からの和解勧告となる。原告を残して、被告と傍聴人は退室を命じられる。しばらく経った後、法廷前に様子を見に行くと扉に非公開の掲示がされていた。被告が主張する法人の経営状況が事実なら、どちらにせよ原告の職場復帰は難しそうだ。被告が原告に支払う額を調整して、落としどころを探るといったところだろうか。途中休憩時、法廷から廊下に出た弁護士の口から漏れるため息を耳にした。

4.賃金未払い

 最後に傍聴したのは、二時間が確保された賃金未払いに関する訴訟。原告側は原告の女性と代理人、被告側は代理人のみ。傍聴人は私以外に一人。
 原告である女性は、彼女がもつ専門的な技術によって、被告が経営する組織に雇用されていた。経営者であり、技術者でもある被告は、原告と共に働く立場にあった。原告によると、被告は原告の女性を突然解雇し、通告以降に給与が未払いであるだけではなく、時間外労働が支払われない不規則な勤務状況が常態化していたとのこと。
 経緯を聞いていると、突然の解雇は、従来からあった原告と被告の不和の表面化であることがわかる。原告は被告に対して常々不信感を表明しており、普段の態度や他のスタッフを通して被告にも伝わっていたことは容易に察しがつく。原告の態度を腹に据えかねたか、居たたまれなくなって限界に達した、経営者である被告が突然の解雇を断行したということになる。
 証人台に立つ原告の矛先は未払いの賃金だけでなく、被告の勤務態度にも向けられていた。原告以外にも多くのスタッフが退職していたとし、職場の勤務状態が常に正常ではなかったことを主張する。原告の憤りは強く、被告代理人の尋問に言葉を被せて応答する姿が何度か見られ、裁判官にたしなめられる一幕もあった。
 一時間ほどが経過した後、前の裁判と同様、和解勧告のために原告以外には退出が命じられた。元々が未払い金を巡る訴訟のため、最終的には金額の多寡が問題になるのだろうか。

本編のまとめ

 いくつかの裁判を通して弁護士の発言から気付いたことは、代理人は弁護する人物にとっての良い事実だけを取り上げるのではなく、反対尋問の指摘を予測のうえ、あらかじめ鋭い質問も少なからず交えることです。そのため、刑事と民事を問わず、途中入室の場合にはどちら側の尋問が行われているか、わからないケースも少なくありませんでした。代理人は自ら都合の悪い情報も開示しながら、最終的には訴えが妥当であるという印象を与えることに腐心します。一方、対立する立場の弁護士や検事による反対尋問も、一方的に相手方を悪と決めつけるような指摘はせず、虚偽や誇張や余罪の可能性など、あくまで何か「匂わせる」ような形で尋問を進めます。
 このような実際の現場から、現実の多くの裁判は、0と1を決定付けるために行われるのではなく、裁判官の心証を睨みながら量刑や金額をめぐる微妙な綱引きが行われる場であることを実感します。

 傍聴体験の詳細は今回で終わりです。次の最終回は、主にこれから傍聴を検討されている方に向けた、一連の記事のまとめと全体の感想です。

(トップ画像はpixabayより。作成者はAlexas_Fotos様です。)

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