『鬼滅の刃』大ヒット考

(※後述にもありますが、『鬼滅の刃』については単行本を一度通読しただけで、最近の漫画の事情にも詳しくない読者の「鬼滅ヒット考」です。そのうえで「読んでもいいかな」と思われる方はどうぞ。)

 『鬼滅の刃』が大ヒットしている。投稿時点で確認したネット上の記事によれば、漫画単行本の累計発行部数が1億2000万部映画『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』の興行収入が300億円を超えで、日本公開映画の歴代興行収入ランキング1位である『千と千尋の神隠し』の記録を塗り替える見込みだとされている。作品の内容や売り上げ以外にも、ヒット作品の通例にそぐわず連載が比較的に短期に終了したことや、作者が女性であるという噂が話題になったことも記憶に新しい。私が読書レビュー投稿などの目的で利用しているTwitterアカウントのタイムラインでも、単行本最終23巻の発売直後には感動の声を伝える読了コメントを少なからず目にし、読書に関するアカウントを多くフォローしているにも関わらず劇場版の感想についても数多く投稿されていた。このような個人レベルの多くの発信とネット等のニュースをあわせて、『鬼滅の刃』が社会現象になっていることを肌身で感じる。

 そんな『鬼滅の刃』への賞賛やヒットへの驚きが溢れるなかにあって、そもそも全く面白くないという全否定も含めたネガティブな意見も、もちろん存在する。単純に面白くなかったという感想については、これだけ多くの人の目に触れれば共感しない読者の絶対数も比例して多くなることから当然である。全ての人間にとって面白い作品など存在しないだろう。気になったのは完全な否定ではなく、一定の評価を与えながらも部分的な疑問を呈する意見である。その意見を要約すると、次のようになる。「鬼滅は確かに面白いが、従来の少年漫画のセオリーをなぞったものに過ぎない。一定のヒットならともかく、新しさを持たない作品が、なぜここまで極端なヒット作品になったのかが理解できない」。

 『鬼滅の刃』について私が知るのは原作である漫画単行本のみで、映像作品やノベライズのスピンオフ作品等については鑑賞していない。そのうえで以降は、漫画作品についての前述の声を踏まえた私なりの見解を述べてみたい。ちなみに私自身は過去には漫画に慣れ親しんだ時期もあったが現在は漫画を読むことから遠ざかっている。ある程度まとまった量の漫画作品を読んだのは『鬼滅の刃』が久しぶりで、近年の漫画作品のトレンドには疎い。さらに本作については一度通読しただけで、詳しい情報を調べているわけではないことは、改めて伝えておきたい。そこで話を戻すと、前述の「鬼滅は従来のセオリーを踏襲している」という意見には基本的には同意できる。久々に読んだ漫画作品で最終巻まで通読できている時点で面白く読めたことは間違いないが、「強い敵を倒して仲間を得て成長する」を繰り返す全体の構成については従来の『週刊少年ジャンプ』らしい物語から見た新しさはそれほど見受けられない。ただし、それと同時に私が知るジャンプ作品らしくないある種の新しさが『鬼滅の刃』に含まれているのではないかと感じていた。それはプロットではなく細部からである。

 王道少年漫画を志向する多くの漫画作品は基本的に"熱い"ストーリーが売りとなっており、プロットのうえで、より強い敵を倒すことを繰り返すインフレ路線は必須である。そしてなかには徹頭徹尾、熱い展開のみで押し切る作品もないではないが、むしろこれは少数派だろう。ほとんどの作品では、ストーリーの山場の間や、闘いの最中であっても小さなコマに手書き文字のセリフを添えたユルい一幕を、ギャグ要素も交えながら登場人物同士の交流を微笑ましく描くパートが少なからず存在している。このことで山場では緊張が続くストーリーを上手く緩和して作品全体のバランスを調整しており、ストーリー展開に影響はないものの漫画作品の魅力を構成する大事な一要素になっている。漫画を読んでいて、このような幕間のテイストに引き込まれて作品を愛読するようになった経験をもつ読者は少なくないのではないだろうか。私が『鬼滅の刃』について新鮮さを感じたのは、ストーリー展開や各キャラクターへの掘り下げではなく、脱線ともいえる幕間を描くタッチにあった。

 作品を読み進めていて気になり新鮮に感じたというのは、この幕間のユルいやり取りがどうやら少年漫画のノリのそれとは違っている点である。どのように違うかというと可愛さが強調されていることにある。主要な登場人物が青年より少年が多いことから、可愛さを描くのも別段不自然ではないのだが、他の少年漫画が描く少年の可愛さと同じものには見えない。他の作品は男らしさを意識する登場人物が弱さを見せるところによってギャップから結果的に可愛さがにじむような演出は多々あるが、本作は勝手が違っている。この作者の登場人物たちへの目線は、例えばネコのように、その存在そのものから伝わる可愛さを慈しんでいるかのように見える。さらに、作中で最も独特のユルさが典型的に表現されていたのは主人公の少年が入院中に看護する少女たちが登場するシーンである。作品内ではストーリー的にも緩急の緩い部分の際たるものであろうこの場面で少年少女たちが戯れる様子は、本来は少年漫画誌に提供されるものではなく、むしろ少女漫画において顕著にみられる表現である。

 『鬼滅の刃』のヒットには、これと符号するような一側面がある。『週刊少年ジャンプ』では過去にも今回と同様に社会現象が語られるような数多くのヒット作品が生まれた。そしてその多くは雑誌の性格からしても、基本的には男性をターゲットにした作品である。過去のヒット作品にも、もちろん少なからず女性のファンが存在する。しかし割合から言えばやはり男性が圧倒しているのではないだろうか。そんななか、『鬼滅の刃』に関しては、基本的な構成については王道少年漫画のセオリーを踏襲しているにも関わらず、一般の感想を見ていても女性が作品を賞賛する声をとくに多く目にする。肌感覚でいえば男女比は相当に近いのではないだろうか。しかも、そのことに対する違和感が語られる場面を見たこともない。ここで、先に触れた作品の幕間にあるタッチの独特さの持つ役割に思い至る。

 基本的な熱血少年漫画の路線と、少女漫画タッチのラブコメ要素。このふたつが個別にあるだけであれば目新しさはない。『鬼滅の刃』の新鮮さは、インフレバトル漫画に少女漫画由来とも思える緩さを導入したうえで、違和感なく消化されていることにあるのではないだろうか。そして作品のこのような要素が、多くの女性ファンを迎え入れることに大きな役割を果たしたのではないかと推測している。『鬼滅の刃』が普通のレベルのヒットに留まらなかった原因ついては、ほかにも考察すべき点はある。そんななかで、大ヒットのひとつの要因として、少女漫画を描くことのできる作者がその素養を活用しながら、王道少年漫画をバランス良く描き切ったことが挙げられるのではないか。これが本文の結論である。そして、原作を最終話まで通読した方には、作者の少女漫画家的な指向性の側面については同意して頂けるのではないだろうか。

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