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はじめての裁判傍聴② 所内編

 今回は、とある地方裁判所の様子をお伝えします。法廷内については次回以降となります。

 2020年のある平日の朝、地元の地方裁判所を訪れた。裁判所の外観は、テレビのローカルニュースで注目度の高い事件が伝えられるたびに何度も目にしてきた。駅から近いこともあって、散歩ついでに建物の前を通り過ぎたこともある。もの珍しさはなかったが、内部での撮影は禁止されているだけに、記念も兼ねて一応スマホに何枚かの写真を残す。改めて目の前に立つと、歴史の面影を遺す建物のデザインや高い門柱と、そこに刻まれた裁判所名に威厳を感じる。

 建物に入ってすぐ、民間警備会社のロゴ入りの制服を身につけた警備員に出迎えられる。空港でお馴染みの検査装置のゲートをくぐり、カゴに置いた荷物の到着を待って警備員から受け取る。警備員たちの態度は丁寧で、買い物などで利用する一般サービスの標準と比べても、かなり腰が低い。通過後に、手荷物検査に不愉快そうな反応を示して少し声をあげる熟年の男性を目にした。警備員の物腰柔らかな対応とあわせて、普段から一定数厄介な訪問者が存在して、極力彼らの怒りを買わないための工夫だろうかなど勘繰る。

 手荷物検査を終えて真っ先に向かったのは、守衛室前に配置されたテーブル。長めの紐でテーブルに固定された、赤、青、黄色のややくたびれた薄手のリングファイルの表面には、それぞれ「刑事裁判」「民事裁判」「簡易裁判」のラベルが貼られている。ファイルには各法廷を一枚として、その日の裁判の予定が綴じられている。開始と終了時刻、概要、被告人、原告の氏名や団体名など。扱う裁判の数は、十件前後あるものから、たった一件のものまで、法廷によってさまざまである。

 守衛室の近くには係員と思しき優しそうな初老の男性が立っている。あらかじめネットで読みかじった注意事項の確認も兼ねて質問を投げかけてみる。施設内での撮影と録音は不可。メモはOK。傍聴のあいだは電子機器をオフに。注意書きがない限り、どの裁判を傍聴してもよい。途中入場と途中退場も問題なし。基本的な説明に対して親切に受け答えをしてくれる。お礼を言って再び三つのファイルが置かれたテーブルに戻り、用意した手帳にいくつかの法廷番号と裁判の開始終了時刻のメモを取る。守衛室前から離れて十段ほどある階段をのぼり、玄関ホールを後にする。

 一階の天井は高く、通常の建物の二階分ほどの高さがあるように見える。エレベータースペースを抜けた先には、裁判所を入ってすぐにも確認できた大きな階段が中央に構えている。階段の手前を振り返ると自動販売機が設置されている。飲み物以外にお菓子やおにぎり、パンや、時節柄マスクも取り揃えられている。階段の裏あたりからはテレビの音が聞こえ、ソファとパンフレットの棚が置かれた休憩スペースが目に入る。NHKの放送でも流しているのかと思いきや、最近あまり見かけない有名な女性タレントが微笑みをたたえながら裁判所の紹介をしている映像だと気付く。自動車免許更新の講習で流される教育用の映像を連想。

 壁に留められた厚手のプラスチックの各階ガイドを見ると、五階まであるフロアの全てに複数の法廷が番号付きで記されている。ただし、多くのフロアにある法廷は二つほどでスペースのほとんどはもろもろの事務室に充てられているのに対し、二階だけがフロアまるごと法廷で埋まっている。守衛室前で見た裁判予定ファイルのページに記載されていた法廷番号の多くも、"2"から始まる三桁の数字だった。

 階段をのぼった正面には、地元の有名な建築物のいくつかをモチーフにした絵画が架けられ、階段の真上に位置する天井中央にはステンドグラスがあしらわれている。法廷をめぐる木材の壁や石材の床、レトロなデザインで、使い込まれていながらも手入れの行き届いた様子からは、外観同様に厳粛さを感じる。階段の周辺にはロビーチェアが多数備えられ、スペースにも余裕がある。二階のフロアマップを見るとフロア内の配置は左右対称。片側が青、もう片側が緑の背景で色分けされている。法廷の広さは大中小といくつかの大きさに分かれ、建物正面から向かって奥側に広い法廷、手前側に狭い法廷の並びになっている。

 一通りフロアを巡回して、玄関側から向かって奥の左が刑事裁判、右が民事裁判、手前側の小法廷の通りが簡易裁判所であることがわかる。各法廷前の掲示板スペースには、守衛室前のファイルにあったものと同じ内容の裁判予定が掲載されている。法廷のいくつかには緑色の光が灯っている。パネルには「開廷中」の文字が認められ、部屋の位置によってはやや薄暗い廊下を照らしている。法廷の傍聴席に入るための扉には、木板でふさがれた覗き窓が取り付けられていて、ツマミを持ち上げると中の様子を覗き見ることができる。使用されていない、または未公開の法廷では、外から覗けないように内側から厚紙が貼られている。

 時間の余裕をみて、エレベーターを使って他のフロアにも足を踏み入れる。各階のフロアガイドを見ながら、法廷のある場所を目指して歩く。いくつかの開け放たれた事務所の扉からは、裁判所で働いていると思われる人々が机に向かう姿が見られる。法廷の多くは予定がなかったり、あるいは非公開であったりで、結局二階以外のフロアでは傍聴はしなかった。他フロアでの法廷はそれぞれ事情があって傍聴には適さないような裁判を扱っているのかもしれない。次第に事務室が並ぶフロアを徘徊することがいたたまれなくなり、一応各階を覗きながらも足早に立ち去る。

 エレベーターの表記と階段を見る限り地下一階が存在するのだが、一般人の立ち入りを禁じる注意がなされ、各階のガイドにも何があるのかには触れられていない。建物内では、一階にあった自販機のほかには飲食用のスペースは見かけなかった。食堂はないのだろうか。地下にあるにしては一階の階段から窺う雰囲気はしんとしている。裁判所の膨大な記録を格納する書庫や倉庫があるだけかもしれない。ふと子供の頃に読んだ、病院の地下を舞台にした怪談を思い出しつつ、ふたたび二階に戻る。

 地方裁判所内の観察は以上です。次回は法廷内の模様と、私なりの傍聴する際のポイントなどをお伝えします。

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