カレーライスのそばの地獄

カレーライスのそばの地獄

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カレーライスが苦手な人がいた。どうしてと聞くと、混ぜるのが好きじゃないと言っていた。

飲食店でイヤホンをしながら食事をする人を良く見かけるが、自分はそれができない。食べ物をかむときの咀嚼音が耳に響き、それに気をとられてしまうからだ。そうなると自分が何を食べているのかわからなくなる時があって、それがとても気持ちが悪い。

食べ物というのは、見た目からすれば本来グロテスクだと思う。トマトの断面の生々しさ。生肉の断面。野菜の表面にとぐろを巻く、繊維の模様。細かい点々。匂い、音、色。茶色や黄色の半粘性の液体に浮かぶ白い粒たち。それらは普段、食べ物を食べるために整えられた空間と空腹によって、そのグロテスクさとは真逆なもの=食べ物として認識され、幸福として享受される。

食べているときは、その幸福に対して一直線に貪り、交わるのだが、その均衡が崩れてしまう瞬間が時々ある。それはお店のちょっとシミだったり、醤油さしについた指紋だったり。下品な会話の内容だったりする、それに取りつかれてしまうと一気に食欲が無くなったりする。その存在を恨む。その恨みをあまりにも意識してしまうとそれがトラウマとなり、一生なにも食べれないようになってしまうかもしれない。

食事するときの自分というのは、目の前の食べ物の前ではあまりにも盲目的で、無意識と言ってもいいような状況になっている。というよりはむしろ意識してはいけない状況なのかもしれない。ちょっとでも見て、考えてしまうと、そのあとの食事の席は不可逆の地獄である。天国のそばには地獄がある。食事というのはそんな針の山の上にある綿毛のような世界なのかもしれない。

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