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原点回帰

「原点回帰」
今読んでいる、新進気鋭(でも気がついたらもう創業してからだいぶ経ったかな)の出版社のミシマ社の代表の三島邦弘さんが書いた本に出てくるフレーズ。

読んでいて思うのは、僕とは、たぶん全く違うタイプの方。
出版社を辞めたあと、新しい出版社、ミシマ社を立ち上げ、独自のやり方でベストセラーを出し、出版社としてもブランディングに成功した方。しかも短期間で。

この本『計画と無計画のあいだ』(河出書房新社)を読んでいて、本当にすごいと思ったが、同時に、僕がこのやり方で出版社をやっても、たぶん経営は続かなかったとも思ってしまう。どうしても自分には彼のような出版社の経営はできないような気が直感としてある。
でも、代表の三島さんの、本は一冊入魂で作る(僕も技術力はまだまだだが気持ちは一冊入魂ししてるが)、点数では勝負しない、ジャンルも読者層もマーケティングにも縛らせず、ただただ自分が面白いと感じた本を読者に100%のアツアツの熱量の状態で届ける、そしてその考え方でも、結果としてベストセラーも出せる、というのは僕にとっても理想ではある。

じゃあなんで僕にはそれ(読者層に縛られないこと、ベストセラーを出すこと)が、できないのだろうか?

その理由が自分ではまだはっきりとは分からない。結果としてそうなった、自然にそうなった、ともいえる。

僕本来の人間性、趣味の世界にも関わりがあるのかもしれないが、たぶん僕はずっとベストセラーには縁が無いような気がする。

僕は子供の頃から逸れることが多かった。イジメを受けることもたびたびあった。集団の中で違和感を感じることが多かった。だからよく夢想していたり、マニアックな趣味の世界で、その趣味を共有できる、学校のクラスの中でも少数派なオタクの子達とファンタジーの世界を作って遊んでいた。それが幸せだった。

僕が作る本の多くは、そういったマイノリティの人達、ある特定の分野を掘り下げたい人たちが(明確に意識してなくても自然とそういう本ばかり作るし、そういう本を書く著者と仕事をする方が自然でしっくりくる)読者対象になっている。
ただ、マイノリティといっても性的とか、社会的とか、民族とか、そういった大学の学会や知識人の間で学術的にも評価される分野の本でもない。だから新聞の書評にも取り上げられることは少ない。

僕が作る本は、ある特定の芸術や趣味を掘り下げた本で、マニアックでオタク的な本でもある。言ってみれば趣味的マイノリティなのだ。僕が始めて編集を担当した本はボサノヴァの創始者のアントニオ・カルロス・ジョビンの評伝で『三月の水』という本だったが、この本は音楽のジャンルの中でも今はわりとマイナーなボサノヴァを扱った本で、もっと正しく言うと「ジョビンの音楽の素晴らしさを知ってもらう本」であって、ボサノヴァというジャンルの括りでもなく、ボサノヴァ全般の音楽ではなくジョビンの音楽を愛する著者がジョビンの音楽について書いた本なので、読者層はボサノヴァのファンというより、さらに掘り下げてジョビン音楽のファンなのである。

でも、そんなマニアックな本でも、読みたいと思う、必要とする読者は確実に存在する(ただ、ここで僕が言う趣味的マイノリティの世界は、マイノリティといっても、趣味の世界の人々のからするとマジョリティ、多数派の方で、それほどマニアックな世界ではない。だから趣味の世界に生きる人々の中だけで見ると、読者層もわりと厚い方だと思う。音楽でもボサノヴァよりもっとマニアックなノイズとか、もっとわけのわからない音楽もたくさんあるので、趣味の世界で生きる人々にとっては、僕が扱うマイノリティな本はそれほどマイノリティではない。誰も聴いたことがないアーティストや見たことがないモノ、変な趣味を好む人達の超マニアックな世界が、僕から見るとマニアック、マイノリティな世界だと思うので、僕はそこまで行ってはなく、個人的には全く趣味的マイノリティとは思っていなくて、わりと普通レベルだと思う。まあだからなんとか経営ができるレベルで売れる本は出せるのかもしれない。超マニアックな趣味の本では採算は最初から合わないかもしれないから)。

だから、ベストセラーを狙わなくても、それでいいとも思う。やせ我慢ではなく。

ただ、問題は、それでこの先、果たして経営を続けていけるのか、ということにある。やはりこの手の本はよく売れて2000部、平均では800部前後なので採算を合わせるためには価格を上げたり、著者に経済的に援助してもらったり、印税率を下げたり無しにしてもらったりしないと利益が僅かしか出ないことが多い。ベストセラーにはまずならない。

でも僕が作りたい本は、そういったベストセラーには、なりにくい本たちである。

僕にとっての原点回帰は、僕が子供の頃、幸せをくれたファンタジーの世界、趣味の世界に戻ることなのかもしれない。

だとすると、ベストセラーとは無縁ということになるので、じゃあどうやって、これからの経営の困難を乗り越えていったらいいのか?
その答えはまだ出ていない。

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