地味なプライベート (ミウ)
【ミウ】
バンドに明け暮れる毎日を過ごしたせいで、夏休みの正しい使い方が分からなくなってしまった。学校から与えられた課題もすぐに終わってしまったし、家族もそれぞれの休日を過ごして、旅行の予定などはない。音楽を聴きながら散歩をしたり、予定が合えばデートをする。静かで穏やかな夏休みだ。
バンドから与えられた曲作りの課題のことが頭の中でジワジワと広がっていく。自分で曲のテーマを「時間」に決めた。歌詞を考えたり、チクタク音を使ったメロディがないかを考える。
バンドを始めてから、ヒロナと遊ぶ機会が少なくなった。
練習やライブなどで一緒にいる時間が圧倒的に増えたせいか、中学の時みたいに公園でお喋りをしたり、カフェに行ったりすることは減っていた。
いわゆる“プライベートの時間”が生まれたのだ。
もちろん、これまでもプライベートの時間はあった。他の友達と遊んだり、お姉ちゃんとショッピングや映画を観に行ったりもする。
でも、暇さえあればヒロナと会うことが多かったのだ。
それがバンドを始めてから、休みの日に連絡を取り合うことがめっきりなくなった。
すぐにバンドで会うのだから、せっかくの休みを邪魔したくない。
会うことが確約されているから、お互いの時間を尊重したいという思いが芽生えたのだろう。それだけバンドが充実しているということだ。
これはヒロナに限ったことではなく、他のバンドメンバーそれぞれに対しても同じで、集まった時にわざわざ「休みは何してた?」なんて聞き合うようなこともないし、自分から話さない限り、彼氏とのことだって話題にならない。
キッチリとバンドと日常を分けるようになっていた。
「緒方なに考えてるの?」
「ん? ああ、ごめんね。バレた?」
中草くんと付き合ってもうすぐ一年になる。学年の人気者の彼は、見た目と中身がまるで違う。明るくて運動も勉強もできる爽やかイケメンの表の顔は、二人でいると、とても静かで穏やかな顔に変わる。そして、超合理的な一面がチラチラと見える不思議な人だ。
私たちは他の同級生たちが思い描くようなカップル像とは違う。プリクラを撮ったり、遊園地に行ってキャピキャピすることはない。デートといえば、手を繋いで街をプラプラと散歩すること。気取ったことは一切しない。
「あはは! うん、分かりやすく遠くに意識が飛んでたから。可愛い顔だったけど、他の人は変な顔って思うかも」
「え? もう! 言ってよ。恥ずかしい」
「何を考えてたの?」
中草くんは人が何を考えているのかを知りたがる。
そして、考えている人を見るのが好きだった。
「いや、大したこと考えてないんだけど、プライベートな時間って大切なのかもしれなって」
「うんうん。どういうこと?」
彼は目をキラキラさせた。
顔も頭もいいのに、どうしてこんな地味な会話に目を輝かせるのだろうか。不思議でならない。
「今まではプライベートの延長線上に学校があったり、部活があったり、友人関係があったんだけど、バンドを始めてから、そこにクッキリと線が出来たというか」
「へえ、すごく面白いね! それはどうして?」
彼は絶対に否定をしない。
受け入れて聞いてくれる。
「バンドをしてる時ってプライベートな話題にならないの。音楽のことについてとか、曲とか歌詞についての話ばっかりで」
「なるほどね! 普通はプライベートの出来事が学校で話題にされたり、話のネタになるのに、単純にバンドをしてる時はプライベートに価値がなくなるワケか」
「あー、でも、そんな感じかも」
「すごいね、プロみたい! 大人の社会って感じがする」
彼も一緒になって、ボンヤリとした考えについて肉付けをしていく。
この時間がすごく好きだ。思考を一緒に作り上げる感覚なんだろうか・・・。
「スカウトされた時があったじゃない? あれから、みんな、バンドに熱心になったというか。自分たちがバンドをしたり、音楽を作るってどういうことなんだっけ? ってモードになったの」
「それって、とっても素敵なことじゃない? 人はすぐに問いをやめてしまうからさ。カッコいいよ。やっぱり、背伸びしてもいいから、上の世界を見ることは大切だよね」
「本当にそう思う! それで、いざ集まるとプライベートの出来事が音楽に表現されていく感じがするの。『なんか幸せなことあったな』とか『嫌なことあったな』とかが分かるんだよね。それがすごくいいなって思ったの。だからプライベートな時間って大切なんだなって」
「音楽だけで会話をする喜びってことか・・・。緒方はたくさん気付きがあって、ドンドン前に進んでいて凄いなあ」
「そんなことないよ。中草くんが沢山聞いてくれるから、整理されていってることがほとんどだよ。ありがとうね」
「あはは。ただ知りたいだけなのに、感謝されるなんて変な感じがする」
彼と一緒にいると、時間はあっという間に過ぎる。
頭の中を共有することが楽しいなんて、みんなに言ったら絶対に笑われるだろう。
彼の前なら自分に素直になれる。
「そういえばね、この前、アキの言葉についての話になったの」
「へえ! 珍しいね」
「無意識のうちにアキを差別していたんじゃないかって話」
「なるほどね。そのことについては、ボクも思うことがあるんだ」
日が暮れるのが早くなった。
涼しげな風が吹き、彼の顔が薄闇に隠れ出す。
目が街頭で光り、艶っぽい表情に見えてくる。
今日は彼の家に泊まることになっている。
私のプライベートな時間。
私だけの大切な時間。
静かで穏やかな夏休みがもうすぐ、終わる。
1時間59分 2300字
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