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【小説】 時間が欲しい。

 バンドをどうしたいか。バンドでどうなりたいか。
 阿南から投げられた問いは、ヒロナの胸の底で重たく漂っていた。

“もう少し考えたかった”

 時間を戻したい。学生時代のうちに、もっと挑戦しておきたかった。ちゃんと勉強に打ち込んでいれば、大学に行きたいと思ったかもしれないし、将来についての明確なビジョンも見つかったかもしれない。
 バンド活動を楽しく続けているだけで、しあわせな未来が訪れると信じ込んでいたし、実際に、十分すぎるほど恵まれてきた。コンテストでは賞をもらい、事務所からもスカウトされ、順風満帆に高校時代を駆け抜けてきた。
 でも、上手くいき過ぎたからこそ、考えることを放棄して、選択肢を狭めてしまったことも否めない。
 今日も明日も、明後日もバンド。毎日、毎日、練習の日々。
 それが日常になり、人間関係もガラリと変化した。

“もう、自分にはバンドしか残されていないのかな・・・”

 幸せだったはずなのに、どうしても、そう考えてしまう。
 逃げ場がないような、閉塞した気分になり、悩みの穴に落ちていく。
 眼の前にある“楽しさ”ばかりを追いかけ過ぎた結果、「それしかできない」という現実に繋がってしまった。

“自分がどうなりたいかなんて、分からないよ・・・”

 ヒロナの心は曇るばかりで、まるで卒業気分にはなれなかった。
 しかし、ヒロナの気持ちに反して同級生には笑顔が増えていた。ゲームをリセットするみたいに、今までの自分が綺麗に洗い流される感じがするのだろう。時間に抗おうとする者は一人もおらず、待ち受けるキャンパスライフに目を輝かせる者、浪人生活が始まるまでのロスタイムを楽しもう躍起になる者。皆、踏ん切りがついたような晴れた表情を見せている。
 いよいよ、最後の学校イベント、音楽祭が今週末に開催される。

“もっと時間が欲しい・・・”

 乙女は、今日も頭を悩ませていた。

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