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【小説】 できること。

【ヒロナ】

 予想通り、マキコちゃんはリーダー業の引き継ぎに困惑していた。
 それはそうかもしれない。別世界の仕事を学ぶということは、自分の“出来ないこと”と向き合わないといけなくなる。人はどうしたって、ラクな方へと流れてしまうから、戸惑うのも無理はない。
 自分から新たな世界に飛び込んだときは、“出来ないこと”にも挑戦しようとして、大体失敗する。そして、嫌でも“出来ないこと”と向き合うことになってしまう。時間と共に、自分の分をわきまえるようになり、目の前にある「できること」をひたむきにやるようになる。
 でも、人から新たな世界を与えられたときは、“出来ないこと”から目を逸らし、いつまで経っても自分に「できること」しかしない。自分の“出来ないこと”と向き合おうとしないのだ。
 どちらの場合も結果としては「自分のできること」をやっているのに、その後は全然違う成長曲線を描く。
 自分の“出来ないこと”と向き合った方が、やるべきことに集中できるのだろう。余計な方向にエネルギーが漏れないから、結果的には早く目的地につけるのかもしれない。そして、関心のないこと、興味のない世界にいても、上達はしないということだ。

 マキコちゃんにとってバンドのリーダー業をやることは、単純に関心がなかったことなんだと思う。バンド外の世界で生徒会などのリーダー的なポジションにいたから、なおさらかもしれない。だからこそ、バンドではエゴを剥き出しにして、世界と自分のギャップを曝け出せていたのだろう。
 でも、私のような独裁的なリーダーは今後、必ず破滅する。自分のやりたいことに周りを巻き込むのは、一見リーダーっぽく見えるかもしれないし、カッコよくも映るかもしれない。でも、絶対に長くは続かない。それは歴史が証明してる。織田信長だってそうだったし、ヒトラーだってそうだった。悲惨な最期を迎えている。
 人がついてくるのは、周囲のことを配慮して、勉強を怠らない真面目な人物だと思う。バンドを長く続けることを一番に考えたら、リーダーはマキコちゃんしかいない。彼女は自分の“出来ないこと”を理解している。そして、頭がいい。

 私も色々と努力してみたが、実際、マキコちゃんがバンド内で塞ぎ込んでしまった時など、何も出来なかった。なんだったら、バンドのパフォーマンス向上のためには多少の無理は必要だとも思ってしまった。ストイックが人を壊す可能性があることは理解しているのに・・・。
 クリエイティブには必要な精神かもしれないが、共同体運営には向いていないと思った。シロクマが砂漠では生きていけないように、人には向き不向きがある。割り振られた、自分が生き残れる場所が必ずある。
 その意味で、アキちゃんは絶対にリーダーには向いていない。むしろ音楽以外の場所では生きていけないのではないかと思わせるほど。それくらい圧倒的な音楽の才能を持っているし、心も澄んでいる。そして、その反動なのか、コミュニケーションスキルが著しく低い。
 ミウは保守的で、どちらかといえば人を支えることの方が適している。前に出るタイプではないし、いざという時に「私の責任です」と言える胆力がある感じでもない。一見クールに見えるが、一歩弾いたポジションでみんなの相談役になり、人の背中を押す才能がある。
 そう考えると、あらゆる面から考えてもマキコちゃんが適任だ。

 彼女は「女優」というあだ名がついてるだけあって、演じることに長けていた。場面によって自分を使い分ける能力を持っている。だから、メンタルが強い。心が折れても、塞ぎ込んだとしても、パフォーマンスが落ちることはなかった。自己肯定感や自信が支えになっているのだろう。本当の意味での強さを感じた。
 それでいてバンドの一歩外の世界に出れば、まるで別人になることができる。品格があり、優等生ながら誰からも愛される完璧な女性に変身する。普通は逆なのに、そのギャップも面白い。でも、これが彼女なのだ。
 ストレスで壊れてもないはずなのに、彼女にはそれが当たり前で、むしろ好きでそんな人格を選んでいる気もする。
 それもこれも、マキコちゃんの内面が成熟しているからだと思う。自分を使い分けるというサイクルが「社会と折り合いをつけること」だと理解しているのだろう。まだ、私にはその域まで達していない。

 最初はリーダー業が出来なくても、彼女なら必ず最高の司令塔になってくれる。そして、セルフプロデュースが完璧な彼女だからこそ、バンドの顔として広告塔にもなってくれるだろう。バンドで自分のむき出しの感情と出会ったからこそ、次は冷静な視点を持つ段階だ。パフォーマンスをコントロールできるようになれば、さらに幅も広がるに違いない。アキちゃんとは違う、音楽との闘い方がある。
 誰だって、最初は素人なのだ。生まれた時から言葉を流暢に話す赤ちゃんはどこにもいない。少しずつ、進めばいい。関心を持って。自分の出来ないことを自覚して。
 そうすれば、必ず・・・。

 2000字 1時間14分

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