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【小説】 環境と運命と自分と。


 ゆるやかに、学校生活が終わっていく。
 受験が終わる人、また今年も挑戦が始まる人。
 少しずつ、みんなの進路が決まり、言葉には出さないけど、別れに向かっているのを感じる。
 たまたま学校という同じ電車に乗り合わせただけなのに。いつの間にか情が湧いて、人間はバラバラだということを学んで、好きになっている。
 だから、卒業するのが、寂しい。
 ヒロナは電車から降りる人々と自分の人生を重ねていた。
 
「ああ、家、探さなきゃなあ」
 隣に座るミウはアクビを噛み殺しながら、喋る。
 車窓に映る二人。学生服にマフラー姿。
 いつか、この光景を思い出す日がくる気がする。
 ヒロナは黒い窓の向こうにいるミウを見ながら口を開いた。

「ミウが引っ越したら、これからは一人で帰らないといけないのか・・・」
「別に引っ越さなくても、今までみたいに一緒に帰ることは減るだろうね」
「なんで?」
「だってヒロナと違って、私は大学生になるワケだしさ。バンドだけになっちゃうと、会う時間も減るだろうから」
「そっか・・・」

 淡々と事実を語るミウに対して、ヒロナは感傷的になってしまう。
 幼い頃から、ずっと同じ学校に通っていただけに、高校を卒業するということが、さらにヒロナの胸を締め付けていた。
「寂しくなるね・・・」
 ポツリと呟くミウの言葉には、感情が深く刻まれている気がした。
 ヒロナは、そっと隣に体重をかけて、「うん」と答えた。
 この時間が永遠に続けばいい。
 そう思い、ヒロナは眼を閉じると、ミウの声が振動で伝わってくる。
 
「なんか不思議だと思う。私とヒロナが出会ったのって、たまたま同じ保育園だっただけだし、アキやマキコだって、たまたま同じ学校だっただけ。それでバンドが出来上がるんだからさ。それを『運命』っていうのかもしれないけど、単純に『環境』のおかげだよなあって思う自分もいるんだよね」
「運命は環境だってこと?」
「そこまで簡単な話ではないかもしれないけど、環境によって夢も友達も変わるんだなって思って」
「そうなのかもね。・・・でもさ」
 ヒロナが眼を開けると、車窓に映るミウと眼が合った。
 ミウはキョトンと何かを訊きたげな表情をしている。

「私はミウを選んだんだよ? 自分から」
「え・・・?」
「覚えてる? 保育園の頃。私は丸山くんに恋してて、当時流行ってたオモチャを見せて自慢してたんだよね。それで、私はオモチャを使って変身ごっこをしてたの。でも、丸山くんに『女が変身するなんて変だ』って大笑いされて、傷ついてた」
 ヒロナの眼の奥にはありありと、当時の光景が蘇っていた。
 どういうワケだか、セピア色の記憶が。
 落ち込み方を知らず、ボーッと立ち尽くすヒロナに、どこで見ていたのか、一人の少女が近づいてきた。

「うわ、全然覚えてない」
「そこにミウが現れて『私も女の子が変身するのは変だと思ってたけど、ヒロナちゃんは本当に変身できる気がしたよ』って言われたんだよね」
 ミウはぷっと吹き出し、肩を揺らす。
 ヒロナは身体を起こし、直接ミウの顔を覗くと、過去と現在が交差した気がした。

「そんなこと言ったっけ? でも、確かに、正直な感想だね。ヒロナが、これまで、価値観とか、いろいろなことを覆してきたのは、その頃からだったんだ」
「うん。その時、凄く嬉しくてさ。それで決めたの。この子と一生友達でいたいって」
「・・・なるほどね」
「だから、もちろん環境の力ってのは大きいのかもしれないけど、少なくとも私はミウと友達になりたいって自分で決めたし、同じ学校に行きたいって思ってた。アキちゃんやマキコちゃんとの出会いだって、最後に選んだのは自分なんじゃないかな」
「・・・そうだねえ」

 会話が止み、ガタンゴトンと電車の音が響いた。
 再びヒロナはミウに身体を傾ける。
 車窓に映る二人。学生服にマフラー姿。
 きっと、この光景を思い出す日がくる。
 


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