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【小説】 レコーディング2


 「ねえ、アキってなんで、いつも最後のレコーディングなの?」

 最初は、ミウの質問の意図が分からなかった。毎日のレコーディングスケジュールの中、一番優秀なアキちゃんは最後にした方が効率が良いのだろうとしか思っていなかったから。でも、「それなら朝一番のレコーディングの日があってもいい」と言われ、ドキッとした。
 確かにアキちゃん以外の三人は、収録の順番が日によって前後した。マキコちゃんが一番時間がかかってしまうとはいえ、そこはバランスを考えたスケジュールが組まれる。それなのに、アキちゃんだけがいつも最後・・・。
 そこまで気にはならないが、ミウの思っていることは分かった。

 レコーディングは残り二日。過酷な日程を乗り越え、ようやくゴールが見えたところだった。普通に聞けばいい。「アキちゃんのレコーディングってなんで、いつも夜なんですか?」と阿南さんに聞けばいいだけ。そしたら、ミウの気持ちも晴れるし、気持ちよくレコーディングを終えることができる。いや、アキちゃんに直接聞いてもいい。簡単なことだ。
 でも、もし、私たちの知らないところで何かをしていたら・・・? 如何わしいディレクションをしてるとか・・・? いや、それはないか。
 妄想すると変な方向に行ってしまう。
 ミウには返事をせず、翌日、直接マネージャーに聞こうと心に決めた。変にことを荒立てないためにも、先にリーダーの私が動かなくてはいけない。

 翌日、朝一番のレコーディングあった。
 寝るという行為には、心のリセット効果がある。昨夜までの心のザワつきはすっかりと落ち着いた。いつも通りレコーディングは行われ、自分の演奏に集中する。
 今回のレコーディングで、ドラムスキルが向上した気がする。阿南さんのディレクションや、スタッフさんたちのアドバイスの力に背中を押された。
 バンド全体のバランスも大切だけど、演奏の要となるドラムは、どんな状況でもロボットのように感情を殺さなくてはいけない。状況に左右されない心とスキルが必要になる。そして、一流の人は共通してロボット的な部分と感情的な部分を使い分けているらしい。
 それは、スキルというだけでなく、人としても大切なことのような気がした。バンドリーダーとしての判断力や、これからのバンドの方向について考える上でも重要になってくる力のような気がした。
 人間的な部分だけではいけない。心のロボット化・・・。
 そんなことを考えていたせいなのか、小休憩の時、邪心なくロボットのように聞くことができた。

 「阿南さん、なんで、アキちゃんはいつも最後のレコーディングなんですか?」

 阿南さんは、ほんの一瞬固まった。でも、すぐに「どうして?」と聞き返してきた。その一瞬に何かが隠されていると確信した。しかし、心をロボットにする。

 「アキちゃん以外の三人は、順番が前後することがあるのに、アキちゃんだけはずっと夜の収録だから、最近アキちゃんにも会えてないし、何してるのかなって」

 それっぽい言葉がポンポンと飛び出してくる。ロボットならもっと直接的に「ワタシタチ二、カクシゴトハアリマセンカ?」と聞けるのかもしれない。でも、遠回しに人間らしく聞いてしまう。人間とロボットの間って、難しい。

 「ああ、そうだよね。ごめんなさい。実は・・・」

 「実は」の後は大抵悪い話が続く。何かしらの告白のシーンでしか使わないから。悪い方向に思考が回りそうになった時に「オチツイテオチツイテ」という声が聞こえた。ロボット、やるじゃん。

 「谷山さんの過去のデモテープを聴かせてもらって、ボクなりにチョイスしたものを、新しくレコーディングさせてもらってたんだよ」

 全く予想外な返答だった。
 やはり、アキちゃんだけが夜にレコーディングをしてることに意味はあったが、方向性がまるで違う。「ダカライッタダロ」と心のロボットが呟いた。何を言ったというのだ。

 「いや、谷山さんは本当にすごいよ。ダイヤの原石のような曲がいっぱいあってさ。この曲はバンドバージョンにできるなとか色々考えて、スタッフと相談しながら編曲をしたりしてたんです」

 「え! すごい! やっぱりアキちゃんって天才だったんだ!」

 阿南さんは、目を輝かせていた。確かに、アキちゃんが過去の曲を全てカセットテープやボイスレコーダーに録音しているという話を聞いて、とてもテンションが上がっていたのを覚えている。この人は、本当に音楽が好きで、新しい才能を見つけることに生きる喜びを感じているのかもしれない。

 「みんなのレコーディング状況によって、この作業時間も変わってきちゃうから、谷山さんだけは最後の収録にしてたんです。なんか、ごめんね。変なこと考えさせちゃって」

 「いやいや、そんな」

 これでミウにも説明ができる。ハタから見たら、変なことなのかもしれないが、私たちが納得できればいい。

 「ここで録ったものが、どう発展していくのかとか、そういう展望はないんだけど。カセットテープとか、ボイスレコーダー内に収めておくにはもったいない曲が多すぎたから、どうにかしたかったんです・・・」

 阿南さんは申し訳なさそうな顔をした。子どもがおもちゃを取り上げられたときみたいな。そういう顔。
 別におもちゃを取り上げる気はないし、やりたいことをすればいい。私だってアキちゃんの才能に魅せられてバンドを始めたのだ。それほどアキちゃんには魅力が詰まっている。
 結局、話せば話すほど、アキちゃんに対する愛情が深くなった。

 「出来上がったら、聞かせてくださいね!」

 「もちろん!」

 外と遮断された世界。
 そこには静かな世界と、音楽のある世界が同時に存在した。
 ロボットと人の間を模索する人がいたり、宝箱の中身を丁寧に磨こうとする住民がいる。
 レコーディング終了まで、あと一日。

 2350字 1時間24分

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