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【小説】 「好き」が原動力ではなかった。


 夕方って何をすればいいんだろう。
 ヒロナは漫画を読む手を止め、ボンヤリと考えた。
 テーブルには親の代から読み古された手塚治虫の「ブラック・ジャック」が堆く積まれ、他にも「ガラスの仮面」「ゴルゴ13」など、女子高生には似つかわしくない漫画が散らかっている。
 頭の中とリンクするように、ヒロナは周辺のモノを散らかす癖があった。

 窓から見える臙脂えんじに染まった空が暗くなっていく。
 もう家に帰る時間だと、太陽に言われているみたいだ。
 ひま。
 頭の中には、その二文字がずっと踊っていた。
 視界に入ったドラムスティックをヒョイと掴み、電子ドラムの前に座る。ヘッドホンをつけ、メトロームを鳴らすと首が勝手に前後に揺れた。
 チクタクというクリック音に合わせて、リズムを刻んでいく。違和感のある電子的な音が響くが、仕方ない。一定のテンポで、ただひたすら、叩く。
 思考が飛び、何も考えることができなくなる。
 考え事をしたくても、ドラムがそうさせてくれない。

 この二年間、徹底的にリズムを身体に刻み込んできた。
 バンドがしたかったから。
 谷山アキという才能に出会って、身体に電気が流れた瞬間から、何かが始まってしまったのだ。だから、寝る間も惜しんでドラムを叩き続けた。
 人前で発表する場を作ることで、無理矢理に自分達を追い込み、とにかくバンドに時間を割く。
 それだけが、自分たちに与えられた唯一の武器だと思ってた。

 私は音楽が好きだからバンドを始めた・・・ワケじゃない。
 年末のレコーディングで、自分の心に黒い感情が落とされた。
 それはディレクションサポートという立場で、客観的に皆を見たからかもしれない。
 自分の本心がわかってしまったのだ。
 私の心根には、「音楽が好き」という感情がない。
 どれだけ向き合っても、見つけられなかった。

 一緒に仕事をするようになった大人たちや、側にいるアキという才能に触れていると、「音楽が好き」という感情がヒシヒシと伝わってくる。そして、その原動力が彼らを突き動かしている気がしてならなかった。
 それが、ヒロナの胸に重くのしかかっていたのだ。
 好きじゃないのに、音楽の世界に足を踏み入れてもいいのだろうか。
 自分がバンドをやっている理由は不純なのではないだろうか。
 本気で向き合っている人たちに失礼なんじゃないか。
 先の見えない真っ暗なトンネルの前に立たされたような気分になってしまう。

 出会って、好きになって、ただバンドがしたいと思っただけ。
 それ以上でも、それ以下でもない。
 でも、楽しいだけでは許されない大人の世界が待っているに違いない。
 こんな気持ちなのに、大学受験もやめて音楽の道に進むなんて・・・。
 本当にバカだ・・・。先の見通しも考えられていない自分が恥ずかしい。

 チクタクとテンポを守っているのに、感情だけが昂っている。
 でも、それを発散することを許さない機械音が無機質に響いた。
 筋肉がついたのだろう。そう簡単には疲れなくなったし、スティックを振り回しても、手のひらから血が出ることはなくなった。電子ドラムにだって、愛着が自然と湧いてくる。
 始めてしまったから練習するしかないという状況から、リフレッシュや精神統一のためにドラムを叩くことすらある。今だってそうだ。
 
 白馬の王子様をずっと待ってる人生はイヤだ。
 だから、出会った人を運命の人だと思いたい。

 ミュージシャンがやりたかったワケではない。
 でも、出会った音楽を夢だと思いたい。

 これっていけないこと?
 自分勝手?

 ヒロナは淡々と音に合わせてドラムを叩く。
 首元には、大粒の汗が浮かんでいる。
 

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