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【小説】 少しずつ。


 ヒロナの悩みとは裏腹に、バンドのリハーサルは順調に進んだ。
 一瞬、亀裂が入ったかのように思われたが、むしろ、バンドは過去最高の仕上がりを見せている。

「ミウさん、サボってなかったんですね」
 マキコだけは未だにミウに突っかかっていたが、少しずつ関係は氷解してきていた。
「私を誰だと思ってるの? 練習サボるワケないでしょ?」
「いやいや、リハーサル休んだじゃないですか!」
「マキコはまだお子ちゃまだからねえ。分からないんだろうなあ。恋愛というものが」
「たった一回、恋愛しただけなのに、得意気に話すのやめてもらえます?」
「やれやれ。嫉妬もここまでくると、可愛く見えるよ」
 失恋に傷つき、絶望の底にいたミウも、すっかり立ち直り、むしろ開き直るようになっていた。そこに噛み付くマキコとの攻防戦は、ある種のプロレスを見ているようになるほど、今までの関係から一歩踏み込んだ親密さを感じる。

 二人の会話をよそに、ヒロナとアキの会話も弾んだ。
「ミウって、見た目だけじゃなくて、中身までキャラ変したよね」
「そ、そ、そうかな? 私はあんまり感じないけど。で、でも、今のミウちゃん、す、す、すごくいい。とっても色っぽくなった気がする!」
「確かにね。でも、受験とか色々あったのに、まさかベースが上手くなってるとは思わなかったなあ」
 楽器は、練習量をそのまま音にしてくれる。
 だから、分かりやすくて、いい。
 サボった分だけ、しっかり腕が鈍る。
 残酷なまでに音が証明してしまうのだ。
「し、し、しかも、上手くなっただけじゃなくて、い、いさ、いさ、潔さも感じるよね」
「うん、色々、振り切れたんだろうなあ・・・」
 視線の先では、まだミウとマキコが戯れあっている。
 これまでになかった人間関係がバンド内に生まれてきている気がした。
 自分がバンドをやりたいと言っただけに、自身が中心にバンドが回っていると思ったが、そうではないのかもしれない。
 中心には、マキコというバラのような存在し、ミントのようなキレのある香りを発するミウがいる。菊の花のような清廉さと同時に死までも想像させる奥行きのあるアキ。そして、たぶん、私は、どこでも生きていけるような、たんぽぽ。
 意外と控えめなメンバーが集まって、だからこそ、真面目に続けてこれたのかもしれない。

「そんなに言うんだったら、ミウさん、恋愛の極意を教えてくださいよ!」
「マキコ、聞くことは大事なんだけど、『聞いたらなんでも分かる』と思い込まない方がいいよ。恋愛に極意は存在しないし、言葉で説明できるようなものじゃないから!」
 もっともなことを言うミウに、マキコは頬を膨らませ「ずるーい」と呟いた。これで、ひとまず勝負ありだ。形勢は逆転し、「マキコも恋愛した方がいいよ」と肩に手を置くミウ。マキコは「その時は、私もリハ休みますからね!」と最後の悪あがきを見せたが、それは笑いに変わり、スタジオには柔らかな空気が流れた。
 

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