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【小説】 暇だから、考えちゃう。


 毎日が消費されていく。
 受験をしないと決めたその日から、ヒロナはそう思うようになった。
 学校や会社があることが、いかに大切か。身に染みて分かった。
 その場所に身を投じている間は、考える暇がない。
 だから、考えなくてもいいのだ。
 それが、羨ましくなる。
 でも、私は暇だ。

 どうしたって一人でいる時間の方が長くなるし、暇な時間が多すぎる。
 だからこそ、己をコントロールしない限り、暇はどんどん膨張していく。気付けば漫画を手に取り、テレビやネットに興じてしまう。
 そして、気付けば、夜になっている。
 主体性が育まれるは当然だ。
 考えて動かないと、自分が存在できてない気がするのだから。

 ドラムの練習や歌詞作りもしているが、煮詰まることが増えた気がする。
 自分は好きなことをやっているはずなのに、周囲と比べてしまう。
 そして、自分の生活の地味さに、惨めな気分になる。

 学校に行っている方が、よっぱど刺激的だ。
 また、今日も無駄に過ごしてしまった。
 私の時間が、消えていく。

 お風呂に浸かりながら、ヒロナは深い溜め息をつく。
 しかし、この時間が、もっとも己に集中できているのかもしれない。
 ボンヤリするというよりも、自分と向き合う反省の時間が、お風呂だ。
 身体だけでなく、心の汚れも洗い流すように、ヒロナは思考を巡らせる。

 ミウも似たようなことを考えていたらしい。
 だから、引っ越しをするんだそうだ。
 大学が遠いワケではないが、家族と距離を置くことで、現実生活を見つめ直したいと言っていた。

 みんな考えていることは、同じだ。
 何か、変えなければいけない・・・。

 身体が温まり、ヒロナの顔にはポツポツと汗が浮かび出した。
 ぴちゃんと水の雫が湯船に落ち、ハッとする。
 咄嗟に頭を上げると、天井いっぱいに水の玉が広がっていた。
 換気扇を入れなかったことで、湯気の行き場所がなくなったようだ。
 だから、水に変わったのだろう。

 おもしろい・・・。
 もし、水が生きていたとしたら、どんな気持ちだったのだろう・・・。
 ヒロナの頭の中の世界が急速に回り出した。

 熱くなった水の声が聞こえる。
「熱い! 熱すぎるぞ! ここは危険だ! 逃げろ!」
 白いモヤとなった湯気の声がする。
「よーし、このまま空気に溶け込んで、遠くへ行こう!」
 しかし、換気扇のない密室空間に閉じ込められる。
「逃げられない! どうすればいい! どこに行けばいいんだ!」
 天井に玉を作り、様子を窺う水たち。
「はっはっは! 逃げられなかったおかげで、身体がだいぶ冷えたぞ! まだまだやれる! オレたちは、生きてるんだ!」
 猛り狂う水の武将たちの声がヒロナの耳に聞こえ、思わず顔をほころばせる。

 大粒の汗が額から流れ、お湯の中へ消えていく。
 自分の一部が、溶け出しているように感じた。
 ヒロナは両手でお湯を掬い、バシャリと自分の顔に打ち付けた。
 
「んんー!」

 呻きに近い声が喉から漏れる。
 私は暇なんだ。だから、考えちゃう。
 でも、考えることこそが、行き場所を失った私の生き方なのかもしれない。

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