【小説】 ビールを飲んだ彼
「中草くん、お酒飲むの?」
中草くんのコップに黄金色に光った液体が注がれた。かき混ぜてもいないのに、クリームみたいな泡が立つ。
「うん、たまにだけどね! 好きだよ」
意外だった。彼はまだ高校生。お酒は二十歳からだ。
手つき、飲みっぷりを見るからに、飲酒歴はそれなりに長いことが分かる。
「へえ・・・、大人だね・・・」
咄嗟に湧いてきた感情は「嫌悪」だった。規律を守り、限られたルールの中で何をするかが大事だと思っていたから。
「あれ、意外だと思った?」
驚くべきは、彼の両親が何も言わないということ。むしろ、息子とお酒を飲めることを喜んでいるみたいだった。
「意外というか。うん、不良っぽい」
不良なんて言葉を使う日が来るとは思わなかった。でも、どこか違和感がある。テレビとか漫画に出てくる不良とはイメージが合わなかったから。
無理に背伸びをしている感じもなく、大人が飲むそれとまるで同じように見えた。
「あはは! そっかそっか。まだ高校生だしね!」
違和感を持ちながら発した言葉だったが、彼は私の気持ちを理解してくれた。
ルールを破っているということが、私の心を騒つかせている。
「でも、みんな飲んでるって話はよく聞くから・・・。もしかしたら、お酒を飲むのが普通なのかも・・・」
中草くんの両親はどう思ってるんだろうか。同じ家に住んでいるのだから、彼がお酒を飲むことを知ってるはず。でも、扉の向こうに人の気配はなく、むしろジャズピアノのメロディが聞こえてくる。夜に音楽を流しながら、大人は大人で楽しんでるといった感じだ。
「緒方はどう思ってるの?」
付き合って二年が経とうとしているタイミングで、彼の新しい一面を見ることができた。これは、とても嬉しいことだ。まだまだ私の知らない顔がある。
でも、知りたくない顔だった。
「正直ね、ルールは守って欲しいなって思うかも。限られたルールの中で、どう生きる知恵を持つかが大切なんじゃないかなって」
ここまでの関係性があったから、素直に気持ちを言うことができた。彼なら分かってくれるだろうと思ったから。受け入れてくれると思ったから。
「なるほどねえ。確かにそうだよね!」
ほら。受け入れてくれた。
しかし、そう言ったすぐ後に、彼はグビッとコップの中のものを飲み込んだ。口の周りに可愛らしい白いヒゲをつけて。
私は、ワケが分からず何も答えられなかった・・・。
1000字 57分
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