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【小説】 今日もよろしくね。


 1月19日。
 日付を書く手に小さな緊張が宿る。
 ヒロナは、いつもより綺麗な文字を目指して、ボールペンを走らせた。

 あの頃は、色々重なったなあ・・・。

 中学に上がるタイミングで、両親が離婚した。
 離婚に至るまで、毎晩のように怒号が響いていたから、特別に驚くことでもない。父も母も強い性格だったこともあり、両者一歩も引かず、日に日に喧嘩の規模は大きくなっていた気がする。冷戦期に入ることもなく、最後の最後まで激しい炎が鎮火することはなかった。
 同性ということもあるのか、父の目の敵にされていたユキトは、度々母に「離婚してよ」と催促をしていたが、私は内心複雑だった。
 二人のことは好きだし、今の生活が続いて欲しい。
 でも、二人は絶対に一緒にいない方がいい。
 同時に反対の感情が湧き起こり、どうしていいか分からなくなり、結局、何もしないまま、事態の収束を待った。
 
 そして、翌年の1月19日。
 母の妹さんが亡くなった。
 初めて直面した、人の死だ。
 その数年前から癌との闘病生活が始まっていたけど、どこか実感がないまま、その日を迎えてしまった。
 叔母さんは、肉が落ち、皮と骨だけになっていて、身体を触ると、氷のように冷たく固まっている。同じ人のはずなのに、違う人に見えて、キミ悪い。
 受け入れ難い現実に、涙も出ず、ただ鳥肌だけが立っていた。

 あれから5年。
 世界を彩る景色は何も変わらないはずなのに、私から見える世界が変わった気がする。
 両親の離婚も、叔母さんの死も、私にはどうすることもできなかった。
 自分がどれだけ頑張ったとしても、コントロールできるものじゃない。
 そこには、人が関わっているのだから。

 でも、自分が変われば、世界が変わる。
 相手を許したり、現実を受け入れた時に、世界は違って見えるはず。
 それが、学ぶということなのかもしれない。

 時の流れが気持ちに整理をつけさせた部分は多い。
 しかし、ヒロナは自分の気持ちに正直に書き出した。
 カチリとボールペンのお尻をノックすると、仄かにお線香の香りが漂ってきた。リビングにある簡易的なお仏壇に、母がお線香を供えたのだろう。

 1月19日。
 ヒロナは日記帳の最後に、「今日もよろしくね」と書き足した。


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