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【小説】夢中 (ミウ)


 「いい、ライブだったね。ありがとうございました。各々が作ったっていう新曲のおかげで音楽の幅もグンと広がったし。君たちの成長速度には本当に驚かされるよ!」

 ライブが終わるとステージ裏には大量の人が押し寄せた。同級生はもちろん、家族やバンドの先輩、リハーサルスタジオの店員さん。そして、過去にスカウトをしてくれた、芸能事務所でマネージャーをしている阿南あなんさんが訪ねてきてくれた。

 「ありがとうございます。あの、自分で言うのも変ですけど・・・、私もそう思います」

 「あはは! 言うねえ。でも、それは事実だし、自分たちを更に高めていくためにも、その前進している感覚を常に持ち続けることは大切なことだよ」

 阿南さんが私に話しかけてくれたことが嬉しかった。もちろん、他のメンバーが友達に囲まれて身動きが取れない状況になっているということは分かっている。それでも、リーダーとか才能だとかを贔屓するワケでなく、ベースという地味なパートの私と話してくれるフラットな姿勢が素直に嬉しかった。

 「特にベースが変わった! 大会の時とは見違えるほどテンポも安定していたし、音のキレが本当に良くなったと思うよ。何か練習方法変えたの? それがずっと聞きたかったんだ」

 「え・・・」

 驚いた。今まで自分のベースについて話をしてくれる人は一人もいなかった。もちろん対バンライブの時などは、先輩バンドからアドバイスをもらうことはあったが、阿南さんのように演奏の変化について客観的な意見を聞いたことがなかったのだ。
 私のことを見てくれる人がいたんだ・・・。

 「あ、はい! 大会で『個々の技量が開いてる』って言われてから、ずっと基礎練習を重点的にやってました」

 「ああ、そういうことだったんだね! 確かに、あの頃は・・・、っていっても、ボクにとってはこの前の出来事なんだけどさ。あの時は、演奏の上手さというよりも、勢いと情熱が凄い密度のエネルギーになって観客の心を打ったっていう印象だったかな。それでボクもまんまと『HIRON  A‘S BAND』のファンになったワケだしね」

 阿南さんは大人だというのに、お兄さんのような距離感で話をする。親しみやすいというか、目線を合わせてくれるというか。そして、嘘のない正直な想いを伝えてくれるおかげで、スッと言葉が入ってくる。

 「はい。それで色々考えたんです。今まではアキとかヒロナに追いつこう追いつこうって思って、上手くなることばかり考えていたんですけど、1年やそこらで急激に上手くなるワケないよなって気付いて。じゃあ、せめてヘタクソって言われない練習をしようって」

 自分で話しておきながら、自分で納得している感じがした。心の中だけで思っていたことを言葉として吐き出すことで、改めて自分を理解できることもある。

 「ヘタクソって言われないための練習か・・・、凄いね。それでどれくらい練習するの?」

 「えー、時間を考えたことがないから分からないですけど、感覚としては、『ずっと』っていう感じですかね・・・?」

 新曲制作で行き詰まった時に、基礎練習は最適だった。何も考えずに単調なリズムをベンベンと鳴らすことで心が落ち着いたからだ。私にとっての基礎練習は、頭を真っ白にできる“作業”だった。リズムを崩さないように集中するし、音の長さや切るタイミングを感じているだけでいい。
 練習が終わると程よく疲れて、眠くなる。
 現実逃避として、ずっと練習をしていたのだ。

 「・・・うん。やっぱりボクの目に間違いはなかった」

 「え?」

 「君たちは、それぞれに『考える力』が備わっている。それが一番の強みだと思う。だから、想いが熱量になって観客の胸を打つんじゃないかな。そして、ビックリするくらい夢中になって練習をするでしょ? それがいいんだ」
 
 「そうなんです・・・か?」

 『夢中』という言葉が心の中で行ったり来たりしていた。
 確かに、これまでの人生の中には「勉強」と「遊び」という二つの選択肢しかなかった。それが、ヒロナのおかげでバンドという存在が急に現れ、みんなと一緒に演奏することの「喜び」を知った。
 練習をすることは「勉強」でもないし、ライブは「遊び」というワケでもない。充実感、達成感、喜び。そんなことを追いかけていた気がする。
 たぶん、バンドというモノに『夢中』になっていたんだと思う。

 「うん。そうなんだよ。・・・あ! でも、今の忘れて! 興奮して心の声をそのまま言っちゃったけど、これは、別に君たちが知らなくてもいいことだった! ごめんごめん!」

 阿南さんは分かりやすいほど動揺して、頭をポリポリかいていた。その後も、「えーっと」とか「だから、あのー」なんて言葉を探していたのが面白い。大人なのに可愛かった。

 「あれ? 阿南さんだ! 来てくれてたんですか?」

 ちょうど気まずい空気が流れたタイミングでヒロナがこちらに気づいてくれた。ヴォーカルの二人は、まだお客さんに捕まっている。マキコが人に囲まれるのは分かるけど、遠くでアキが引っ張りだこになっているのが微笑ましい。

 「ああ、茂木さん! お疲れさま。いいライブを見せてもらったよ。ありがとうございました!」

 ああ、この人はライブを見たことに感謝をする人なんだ。
 私にも同じことを言ったのかは覚えていない。でも、きっと言ってくれたのだろう。あまりにも普通だから気付けなかっただけかもしれない。

 「いやいや! まさか来てくれるとは思ってなかったです! メールの返信がなかったから!」

 「ああ、ごめんごめん。ボクが行くって言って、演奏に影響出ても困るなと思ってさ」

 ヒロナが阿南さんとメールのやりとりをしていたことに驚いた。この子は一体どこまで先に行くつもりなんだろうか。物怖じせず大人と積極的に交流できるなんてことは、バンドを組むまでは知らなかった。
 幼馴染ということもあり、ヒロナの成長には一番心が揺さぶられてしまう。

 「それな! 絶対、ブレる! この前は、結構大変だったんですよ!」

 「そうだよね。でも、確実に良いバンドになってると思ったよ!」

 「はい! それは、自覚アリです!」

 阿南さんはビックリした顔をして、私とヒロナの顔を交互に眺めた。

 「・・・っぷ! あはは! まったく。君たちは本当に面白いね」

 「え、え? 私なんか変なこと言いました?」

 阿南さんは笑いながら「いやいや、なんでもないよ!」と言い、私の方を向いて「ほらね?」と肩を上げる仕草をした。
 何が「ほらね?」なのかは分からなかったけど、たぶん、ヒロナもバンドに夢中になっているってことだろう。それが面白くて、私もつられるように笑ってしまった。

 「え、ミウもなに? なんで二人で笑ってるのよ! なんの話をしてたの! ねえ!」

 私たちは、バンドに夢中になっている。

 その一言が知りたかった。

 心の中に空いていたパズルの穴に、ピースの一つがパタンとハマる音が聞こえた。


 2時間12分 2850字

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