見出し画像

【小説】 友を味わう。


「あーあ。やっぱりミウ見てると、私も大学受験すればよかったなあって思っちゃうなあ」
 久しぶりのバンドリハーサルに、ヒロナは浮き足立っていた。

「また、言ってるよ。じゃあ、来年マキコと一緒に受ければいいじゃん」
 ミウは共通テストで合否判定がAであったにも関わらず、喜ぶ様子もなく淡々としている。

「いいですね! ヒロナさん、一緒に受験しましょ!」 
 マキコが冗談混じりで言うと、「やだー。今年がよかったって話なのー」とヒロナはハイハットをカチカチと鳴らしながら答えた。

「ないものねだりなだけでしょ。ね、アキ」
 ミウがそう言うと、黙っていたアキは笑みをこぼし、コクリと頷く。
 
「わ、わ、私も一瞬だけ、だ、だ、大学に行きたいって思ったことがあったんだけど、も、もう友達は見つけることができたから・・・」
 ほんのりと頬を桃色に染めながら、アキはボソボソと口ごもった。

「え! アキちゃんも行きたいって思ったことあったんだ! どこにどこに?」
「いや、そこじゃないでしょ。大学に行かない理由の方が気になるわ!」
「確かに! え、アキさんって、ヒロナさんより成績が悪いとかじゃないですよね?」
「ちょっと、マキコちゃん、なんか悪意ない?」
「いや、事実でしょ」
「そもそもウチの高校に入るのだって、ある程度の学力が必要なワケだから。普通にしてたら、大学に入れると思うんですけど」
「え、マキコちゃん、無視!?」
「あ、ごめんなさい!」
「いや、だから、ヒロナ。そこ、どうでもいいところだから!」
「どうでも良くないよ! 私だって必死に勉強して、成績だって上がってたんだから!」
「でも、行かないって決めたのは、ヒロナじゃん」
「そうなんだけどさ・・・、なんか、羨ましいなって」
「ヒロナさんも、羨ましいとか思うんですね! それも意外! 自分の道がクッキリと見えてて、突っ走ってるイメージでした!」
「まあ、ある面ではそうかもしれないけど、結構、ぐちぐち悩んでるよね? 散々聞かされた気がする」
「それは、ミウだって同じでしょー! てか、ぐちぐちって!」
「あ、ごめんごめん、今のは悪意あった!」
「でも、誰だって、悩みますよね」
「いや、あんたは悩みすぎたのか、変な方向に行ってた時あったからね!」
「あはは! 確かに、マキコちゃんの迷走劇は分かりやすかった!」
「その節はどうも・・・」
 会話が次々に重なる。
 アキは身体を左右に振りながら、必死に会話を追いかけようとするが、それがかえってモジモジしているように見える。会話に入るタイミングを逃してしまった。

“もう友達はできたから・・・”
 アキは、もう一度、口の中でそう呟き、防音室の中に響く自分たちだけの会話をたっぷり味わった。 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?