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無理してね! (ヒロナ)

【ヒロナ】

 文化祭には間に合わないと思っていた。
 ミウが主導する新曲制作は難航し、本番1週間前まで進捗がなかったのだ。
 もし間に合わなくても、しょうがない。その時はセットリストを差し替えればいいだけだ。だから、待つことを決めていた。
 ミウがいない間に、アキちゃんとマキコちゃんには伝えてある。

 「本番が近づいたら焦る気持ちが出てくるかもしれないけど、絶対に苦しむミウを責めたりしちゃダメね。あと、急かすことを言うのも禁止。私たちは、自分に出来ることを必死でやって、とにかく“待つ”こと。もし間に合わなかったら、出来る曲をやればいいだけなんだから!」

 「一人一曲、新曲を作ろう!」という課題を出してしまったこと。そして、できた新曲を文化祭のワンマンライブで披露すること。
 無謀な挑戦をしている自覚はあった。でも、この挑戦には意味がある。
 歌詞を考えたりメロディを作ることで、未知なる自分と出会える。
 そして、個々の技量が開いてしまっていること、バンドとの向き合い方、音楽との付き合い方、自分の将来について考えるキッカケになるだろう。
 高校二年生の今のタイミングが、考える時期に最適だと思っていた。
 来年からは受験モードに突入してしまう。
 周りの友達が楽しく青春を謳歌している今だからこそ、世間とのギャップが生まれ、自分が歩もうとしている道について考えることができる。

 「自分たちも曲制作をして気付きがあったと思うけど、この課題の先には、何かしらの変化があるはず。ミウも絶対に作れるはずだから。どっしり構えて待とう」

 アキちゃんのように次々と曲を作れる人もいれば、ミウのように頭を抱えて動けなくなってしまう人もいる。
 人には向き不向きがある。
 才能という言葉で片付けられてしまうと、能力の有無という話にすり替えれられてしまう気がするが、そうではないのだ。
 シロクマが砂漠で生きていけないのは、才能がないワケではない。砂漠に適した身体を持っていないだけ。向いていないだけなのだ。
 
 「アキ、ちょっといい」

 スタジオに目を真っ赤にしたミウが入ってきた。
 彼女はアキちゃんを床に座らせて、自分の頭に流れている音楽を口ずさみながら伝えていった。アキちゃんは反射的にギターを奏でながら、ノートにコード進行を書き込んでいく。
 ついに、ミウの頭に何かが降りてきたのだ。
 
 取り憑かれたように没頭するミウの姿はある種の狂気を帯びていた。驚異的な集中力、他を寄せ付けないほどピリピリした空気。会話を差し込めるような状況ではない。
 あまりにも突然の出来事なのに、彼女についていくことができるアキちゃんも凄い。ミウの世界に身体ごと浸して、イタコのように曲を具現化していく姿は神秘的でもあった。

 私とマキコちゃんは、どうすることもできない。音を立てずに二人を見ているだけ。防音室の効果がいつも以上に発揮されていたのかもしれない。スタジオ内はミウとアキちゃんしかいないと思わせるほど静かになった。。
 でも、そんな二人を眺めていることが、この上なく嬉しかった。

 「ふう、アキ、ありがと。これで大枠は完成かな」

 1時間も経っていないだろう。
 あっという間にミウは自分の曲を作り上げた。自分一人だけ制作が進まず、涙で頬を濡らした日もあったはずだ。それほど苦しんでいたのに、出来てしまう時は一瞬だったことが面白い。向いていないわけではなかったのだ。

 「す、す、凄いよミウちゃん!」

 「やったー! ミウ! おめでとう!」

 「めっちゃ怖かったですよ。はあ、よかった・・・」

 スタジオ内がパッと明るくなった。
 ミウは何度も「ありがとう」と「ごめん」を繰り返していたが、彼女の顔には充足感が浮かんでいた。

 「遅れてた分、取り返すわ! みんな、この1週間は、私のためにちょっとだけ無理してね!」

 ミウの素直な言葉が清々しい。
 「私のために無理してね」
 なんて気持ちがいいのだろう。
 
 「じゃあ、時間ないから、練習しよ!」

 ミウの張りのある声が防音室に響いた。

 「え!? きゅ、休憩しませんか?」

 「いやいや、マキコちゃん、あなたは私と一緒に見てただけだから!」

 「あはは! わ、私は、いくらでも、つ、付き合うよ!」

 「アキ、ありがと! マキコ、無理してよ!」

 「えー! そんなこと言われたの初めてですよ!」

 その日は各自が家に連絡をして、夜遅くまで練習をした。

 終わる頃にはヘロヘロになっていたが、外の空気が気持ちよく感じる。

 4人で街中を歩いているのに、どこに隠れているのか、秋の虫がリンリン鳴いているのが聞こえてきた。 

1時間42分 1900字

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