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ライブの悪魔 (ミウ)

【ミウ】

 マキコのギターの弦が切れた。
 漫画とか小説だと、弦が切れる時には「プツンッ」って表現されるかもしれないけど、私の耳には「パンッ」って聞こえてきた。
 お客さんは気付かないと思うが、いつも練習をしている私たちには、弦を一本失ったギターの音色は、剥がれてしまったマニキュアみたいに違和感しかなかった。

 初のワンマンライブなのに一発目の曲でトラブルが起きるなんて・・・。想定していなかった。このままなんとか一曲はやり過ごすしかないが、この後がどうしていいか分からない。リーダーのヒロナはドラムだし、私はベース。誰が、どう判断していいのかが分からない。
 プロのミュージシャンと違って、控えているスタッフはいないし、ストック用のギターもない。あるのは後半の曲で使うアコースティックギター、一本のみ。替えの弦はあるのかもしれないが、それを張っている時間はないし、もし張り替えたとしても、その間の繋ぎ方が分からない。

 一曲目が終わると、万雷の拍手で会場は包まれた。
 音源化されていないオリジナルソングなのに、ここまで盛り上がるのには、別の理由もある気がした。たぶん、私たちの容姿が関係しているのだろう。特に、アキとマキコが二人並んだ時の絵面は、かなりインパクトがある。
 高身長のマキコと、低身長のアキ。カリスマ的な存在感を持つマキコと、吸い込まれるような魅力を放つアキ。向日葵の明るさと、桜の儚さ。凸凹コンビなのに、どちらにも華がある。絶妙なチグハグさが人の目を惹くのだろう。
 才能豊かな二人に加えて、春を知らせる梅のような爽やかさが魅力のヒロナ。そして、コンクリートジャングルの中、一人こっそりと根を張るタンポポのような私。
 少なくとも「花」としてステージの上に立てていることが、奇跡に近いのかもしれない。観客は簡単に熱狂した。

 チラリとこちらに顔を向けたマキコは顔面蒼白、この世の終わりとでもいうような思考停止状態の表情をしていた。完璧主義のマキコにとって、ミスが露わになってしまうことは裸にされるも同然なのだ。
 弦が切れたままライブを続けるべきなのか。それとも一時、マキコだけ袖にハケて弦を張り替えるのか・・・。いや、バンドを始めて半年ほどの彼女は、ちゃんとした弦の張り方も知らないはず。
 細い指先に何度も血豆を作りながら、狂ったように練習してきた彼女の涙ぐましい努力とプライドが根幹からグラついているように見えてしまった。

 「ここからは、この夏休みにメンバーそれぞれが作った新曲を続けて演奏します! 誰がどの曲を作ったのか、想像しながら聞いてくれたら嬉しいです!」

 アキはいつから、言葉に詰まらずに喋れるようになったのだろうか。
 何事もなかったかのようにMCを挟み、照明が再び暗くなった。その隙に、アキは自分の使用していたエレキギターをマキコに託し、自分は後ろにスタンバイされているアコースティックギターを抱えた。
 マキコはされるがままにギターを受け取り、ストラップを自分の演奏位置に調整し、スタンドマイクの前にった。
 次はマキコが作った曲。熱量が高く、演奏するだけで身体中の細胞がフルスロットルで活動するようなロックな魂が詰まった曲だ。MC含めて彼女がこの場を支配することに意味がある。

 エレキギター2本編成の曲であったが、そのうちの1本をアコギに変更するというアキの咄嗟の対応は、私たち全員の心を揺さぶった。アキは初めて人を引っ張るアクションを起こしたのだ。
 そして、ギターを交換している間、後ろを向いた隙に、「なに? これくらいできるよね?」と、それぞれに目で合図を送ってきたのだ。
 私たちと出会う前から、アキは公園で一人、歌を歌い続けてきた。アコースティックギター、一本で闘ってきた経験がある。トラブルとはいえ、エレキギターを相手に託して自分はアコギを取るという行動には、計り知れない練習量、才能、そして彼女の矜持が見えてきた。

 「ドリーム・キラー!」

 準備が終わると、マキコは曲名を叫んだ。それに合わせて、再び全てのセクションが一斉に演奏を始める。一発目の曲が終わってからここまで、わずか十数秒。迅速な対応に、もしかしたらギターの弦が切れたことにさえ気付かない人がいるかもしれない。
 マキコも一瞬でアキの気持ちを全てを受け取り、息を吹き返した。 
 「ごめんなさい、取り返してみせます!」と言わんばかりに、ペース配分を考えないリミッターを外したパフォーマンスを披露した。
 
 あれほど練習を重ねてきたのに、本番では編成を変えた楽器で演奏していることに、自分たちが楽しくなっていた。お互いが「なんか変な感じするね」という顔を向け合っていたが、同時に、ロックの曲の中でに潜む、悲しみや奥ゆかしさが表現できているような気持ちにもなった。

 人はデコボコ道を歩いている。
 誰かが転べば、誰かが支えなければいけない。
 凸凹の関係のまま、互いのピースを埋め合いながら生きていく。

 マキコを支えるように演奏するヒロナ。なにもせず見守る私。アコギ一本でも曲を成立させたいアキ。支えられていることを胸に、さらなるパフォーマンスを追いかけるマキコ。
 それぞれがバラバラなのに、なぜか同じ方向を向いている。

 「100回の練習より1回の本番」という言葉もあるが、それは、本当なのかもしれない。
 
 私たちは、この文化祭で、何かを手に入れようとしていた。

  

 
 




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