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【小説】 息をのむ。


 アキちゃんは歌っていると、ますますキレイ。
 何度言っても前髪で顔を隠してしまうし、姿勢はほとんどうつむきがち。吃音症が影響してるのか、ウジウジオドオドしてるけど、ギターを持って歌いだすと、彼女は姫になる。
 ミルク色の肌が輝き、こぼれそうなほど丸くて大きい目がクリッと動く。ツンと前を向く鼻。とがったあごに、黒くて真っ直ぐな髪の毛が流れている。
 男子がほっとかないというのも頷ける。小学生の時には、“可愛い”ことが理由でいじめられたこともあったんだとか。
 でも、バンドにとって、それは圧倒的な武器になる。

「やっぱり、彼女は天才だね・・・」

 マネージャーの阿南さんの呟きは、ひとり言にしては、やけに大きかった。ウォームアップだからと軽く歌ってもらっただけで、コントロールルーム内にどよめきが起こる。アキちゃんは、容姿だけでなく、音楽の才能に溢れていた。
 彼女の存在こそが芸能事務所を動かし、マネージャーのモチベーションに火をつけている。それは火を見るより、明らかだった。
 「ギターもさらに上手くなってますね」と技術スタッフの一人が言う。「やっぱり声がいい」と誰かが付け足す。「音を察知する感覚が天才的だよ」とまた誰か。子どもの私を置いてけぼりに、大人たちだけでスタジオは盛り上がっていくのが分かった。アキちゃんのレコーディングの時だけの不思議な空気。

「アキちゃん、とっても素敵だと思います! じゃあ、流れで録っていこうか!」

 フェーダーを上げ、マイクに言うと、ガラスの向こうにいるアキちゃんは、コクリと頷いた。スッと身体の力が抜けていくのが見えた。
 一瞬の静寂が訪れる。コントロールルーム内には緊張感が生まれた。音も湿度もなくなったみたいな世界が広がる。全員がアキちゃんに釘付けになり、彼女以外の気配が消えてくみたいだった。
「では流しまーす」と技術スタッフの声がかかる。
 私は大きく、息をのんだ。


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