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焦り。(ヒロナ)

【茂木ヒロナ】

 焦っていた。
 文化祭まで1週間を切ったが、練習が足りていない。
 バンドの練習だけしていればいいのだが、そういうワケにはいかず、クラス企画の出し物制作などもしなければいけなかった。
 体育館ステージでのイベントはあくまでも有志参加だ。
 ミスコン、ダンス、ファッションショー、お笑い、合唱、バンド。
 練習が必要なものもあれば、部活の一環の企画もある。文化祭のクオリティが一体どの程度のものなのかは分からなかったが、どうしても、私は「この程度でいいだろう」という気持ちになることはできなかった。

 「ごめん、遅れた。全然、制作が終わらなくて」
 ミウのクラスの出し物は、“ジェットコースター”という意味不明な企画だった。クラスに工具屋の子、資材屋の子が揃っているらしく、本気でミニジェットコースターを作るらしい。クラス総出で作っているが、やることが多いらしく放課後も遅くまで残って制作をしている。

 「ミ、ミウちゃん・・・待ってたよ! ・・・練習、し、しよっか!」
 アキちゃんは本番が迫ってきているからか、日に日にテンションが高くなっているようだった。遅れてくるミウに苛立っている私を気遣って、なおさら明るく振る舞っているのが分かる。
 大人だったら、やり過ごすことができるのかもしれないが、どうしても態度に出てしまうのだ。

 文化祭で披露するのは2曲だ。
 一曲目はアップテンポのロック調の曲で、二曲目はアキの良さを一番発揮できる弾き語り調の曲。
 悲しいかな、私たちの技術では、まだアキの良さを引き出すことはできない。最初は盛り上がる系で観客の興奮度を一気に上げてから、後半はアキの力を爆発させる。
 この文化祭をキッカケにアキの存在を学校中に知らしめるには、この曲順、この演出でしかやり方がなかった。 
 出場バンドは4組で、他の3組は男子だけのバンドが多く、ガールズバンドというのは、それだけで異色だったし、キャッチーであることもプラスに働くに違いない。音楽だけでなく、学校を駆け回り、ともだちを集い、照明プランも作り込んだ。どうせやるんだから、自分たちのベストを出したかった。

 「ミウ、テンポ遅れてるよ。私でも分かる」
 「ごめん。最近、家で練習できてなくて」
 ミウは明らかに遅れをとっていた。クラス企画に体力を使い、自主練ができていないらしい。クールなミウが笑顔でごまかそうとしている姿は初めて見た。

 「そろそろ追い込んだ方がいいんじゃない?」
 「でも、時間が足りなくて」
 「はあ、また、言い訳ね」
 「ちょ、ちょっと・・・き、休憩しよっか?」

 親に頼み込んで、本番が近づいてからは、スタジオで練習することが増えた。
 スタジオには日常生活では絶対に見ることがないような大きなアンプや機材が揃っているし、どれだけ大きな音を出しても誰にも迷惑をかけない。最高の練習場所だ。
 どれだけ自主練を積んでも、本物のドラムセットを叩くのはやはり感覚が違う。スタジオに入ると、休憩時間でもなんでも、退出するまで、私は必死で叩き続けた。

 「そ・・・外の、く、空気、吸ってくるね! ミウちゃん・・・い、一緒に行かない?」
 アキちゃんはミウを外に連れ出した。
 初めてアキちゃんに会ってから半年近くが経ったが、明らかに人として大きくなっているのを感じる。
 元々優しい子だったのだろう。コミュニケーションを取るのが苦手だったせいか、世間からは浮いていたが、3人でいる時はお姉さんのような存在になっていた。
 一人ぼっちのスタジオは防音室ということもあり、より孤独を感じる。孤独をかき消すようにドラムを叩き続けると、世界に音という色がつき、手が痺れ、汗が滴り、新しい自分に生まれ変わるような感覚になった。
 
 自分と同じ練習量、理想とする音楽のクオリティを押し付けてしまっている。早くアキちゃんに追いつきたかった。アキちゃんをさらに輝かせることができるのは、私とミウしかいない。
 私たちが頑張るほどアキちゃんが輝く。
 そのことをミウにも分かって欲しくなっていた。
 
          ◯

 「アキ、ごめんね、足引っ張ってる・・・」
 「う、ううん・・そ、そ、そんなことないよ」
 スタジオ外のベンチには灰皿が置いてあったが、幸い誰も喫煙者はいなかった。目の前を通過していくスーツ姿のサラリーマンが妙にカッコよく見える。皆、仕事と日常、趣味、恋愛、全てを同時にこなしながら生きているのだろう。

 目の前のことで頭がいっぱいになってしまう自分と初めて対峙している。
 中学までの習い事とは違う“自分のやりたいこと”と“やらねばいけないこと”の両立がこれほど大変だとは知らなかった。
 ヒロナの本気についていきたい。
 アキからもらった感動を私も一緒に共有していきたい。
 ヒロナと私が頑張れば、アキがもっと輝く。
 だからヒロナは手にできたタコを何度も潰しながら必死で練習を重ねている。
 気持ちはあるのに、クラス企画の制作に体力を消耗してしまい、どうしても体がついていかなかった。

 「ヒロナはすごいなあ・・・、どんどん上手くなってるもん。才能とかで片付けちゃいけないくらい、頑張ってる」
 「ミ、ミウちゃんも・・・す、す、すごく上手になってるんだよ! き、気付いていないだけで! あ、あ、あの、ごめんね、う、う、上から目線みたいで」
 「あはは! ・・・上からじゃないよ。ありがとうね・・・ああ、身体が二つあったらなあ。もっともっと練習できるのに」
 「・・・わ、私はね、2人と音楽を作れるだけで、じゅ、充分だよ?」
 「うん。私も2人と演奏するのが、好き」

 休憩を終えて、スタジオに入ると、中から大声で泣いているようなドラムの音が聞こえてきた。
 私たちの姿を見るとヒロナは演奏をやめ、はあはあと肩を上下に動かした。
 顔が桜色に染まり、汗で髪の毛が頬に張り付いてる。
 ヒロナはアキではなく、私の目をしっかりと見つめ、ニヤリと笑った。

 「やるよ?」

 たった一言だけなのに、身体の奥からマグマが沸き上がる感覚があった。
 

 1時間59分・2460字

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