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【小説】 ボコボコと呟く大晦日


 十二月も昼下がりになると、柔らかな太陽光は、すっかり影を落とし、一気に冷え込んだ。大きく息を吸うと、冬の風が体の隅々まで行き渡る感じがする。
 ミウの後ろ姿に手を振りながら、ヒロナはぼんやりと回想する。
“そういえば、ヒロナは、なんで大学行かないって決めたの?”
 ものすごくシンプルな質問が、ヒロナの胸に痛く刺さった。
 普段、自分が他人に問いかけるような質問がそのまま跳ね返ってくる。
 咄嗟に「なんでなんだろうね。そこに悩んでるんだと思う」と返答した時の、ミウの呆気に取られた顔が頭から離れない。
“・・・それが、ヒロナのいいところなんだろうね”
 少し間を置いた後、ぬるくなってしまった紅茶を飲み干し、ミウは何かを回顧するような眼差しをした。
 ヒロナはどう答えていいか分からずに黙ってしまい、大晦日のピクニックはお開きになった。

 最寄駅が同じとはいえ、二人の家は駅を挟んだ反対方向にあるため、帰り道は自然と分かれてしまう。
 小さくなっていくミウの背中から視線を外す。
 ヒロナはクルリと踵を返して帰路についた。
 14時過ぎの空は青いが、凍れる風の強さが、すでに夕方の空気を思わせ、無意識に歩幅が大きくなっていく。次第に、はあはあと息が上がるほど、ヒロナの歩みは早くなっていた。
“ある程度の難易度がないと、人間って退屈しちゃうんだよ”
 ミウの言葉が脳裏で蘇る。
 ヒロナの知らないミウがそこにいた。
 自分の行動を達観し、今、やるべきことを明確に見つけたミウ。
 いつも模範解答を求め、他人の目を気にしていた幼少期とは違う。
 それはそうだ。間も無く高校生活も終わってしまうのだ。
 私たちは、大人になる。
 性格が真逆の凸凹コンビと言われていた頃が懐かしい。
 じんわりと体の奥が熱くなる。頭皮から汗が滲むのを感じた。
“自分のやりたいことのために他の道を断つなんて、普通の人はできないよ”
 ミウが言うほど自分は凄くない。断ち切るなんて思いはこれっぽちもないんだから。
 私はあの頃から何も変わらない。ワクワクする道を選んできただけ。
 ため息を吐こうにも、身体がそうさせてくれない。
 せっかく食べたサンドウィッチと紅茶が胃の中で暴れている。
 心臓がバクバクと音を鳴らす。
 何にそんなに焦っているのか。何かから逃げ出したいのか。
 ヒロナは走り出していた。

 楽しそうだから、やる。
 やりたいから、やる。
 声にするほど馬鹿らしくなってしまうから、ヒロナは口元まで湯船に沈んでボコボコと呟いた。
 バンドも受験も恋愛も、全て楽しみながら、きちんと将来を見据えているミウに対し、自分は眼の前のことだけに夢中になって、将来のことを何も考えていないような気がしてしまう。
 成長は止めることはできない。
 大人になりたくなくても、時間がそれを許さないのだ。
 もう、大晦日も夕方になってしまった。

 1150字 2時間

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