見出し画像

【小説】 心のドラムを鳴らす時。


 烈しい紅葉のような色合いの夕日に、私は確かに恐ろしいモノを感じていた。それはバンドの活動が止まっているという孤独や不安がもたらした、とも言えるが、たぶん、違う。黙々と音楽を作る日々の中で何度も頭に思い浮かんだのは、アキちゃんとリオンくんの顔だった。リオンくんと付き合ってからというもの、暗澹たる感情に襲われることが増えていた。夕暮れから夜にかけて胸がハラハラするのだ。満月に暴れ出す狼男が抱えるような恐怖が、自分の身体の中にあった。

 アキちゃんは私たちの関係を知らずに、いまだにリオンくんに恋をしている。そんな彼は私を選んでくれたが、ふと私が手の力を抜いたら、簡単にアチラへなびいてしまうのではないかしら。少女じみた空想であることは分かってる。ないことをわざわざ想像して、自分で自分を苦しめている。そっとしたまま時間の経過を待てばいいのに、私の中で疼いている感情が、烈しい夕日と呼応する。

 その日の創作は進まなかった。何度キーボードを叩き、音を入力してもしっくりこない。録音してた鼻歌を繰り返し聞き返しても、インスピレーションが湧いてこない。頭に靄がかかったみたいに、うんうん唸るだけで時間が過ぎていった。だから、余計に鬱屈した気分になってしまい、携帯電話を幾度となく確認してしまう。彼からの連絡は来ていない。最後にメールを送ったのは私。「そうだよねぇ、またタイミング探そ!」だって。なんか、虚しい。デートの日程が合わなかった。

 愚痴と嫉妬。それが女の持つ悪徳なんだって。父が言っていた。古くて固い考えだったし、女の人にだらしない男だったから、なんの説得力もないんだけど、恋をしてから妙に納得してしまう自分もいる。愚痴と嫉妬。確かに、私の恐怖の正体は、この二つが大部分を占めていた。

 どこか遠くに行きたい。
 なんてことのない一日なのに、創作に行き詰まると何もかも投げ出したくなってしまう。でも、簡単には現実にヒビは入らない。変わらない日々。均等に過ぎてく時間。ジリジリと夜が迫ってくる。私はドラムキットの前に座っていた。

 ヘッドホンをつけて、電子ドラムのスイッチを入れる。既に音量調整も設定も済ませているから、本物みたいに響きの確認をしなくてもいい。すぐに叩けてしまう。便利だけど、なんかね。うん。ダサい。
 ハイハットを強めに叩く。バスドラムを強めに踏み込む。両手を乱暴に振り回した。シャンシャン、ガンガン、音が響く。テキトウだったのが、次第に規則的になり、そして、基礎練に戻ってくる。地味な時間だ。でも、瞑想するように頭の中が整理されていく。一定のリズム、基礎の叩き方。型にはめ込んでいくように、自分の心を消していった。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?