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【小説】 しゅうじゅく。


 努力は裏切らない。
 そう信じてヒロナは18年間生きてきた。
 キッカケは父親の言葉だろう。

“すぐに結果を出そうとすんな。なんでもいいから習熟しろ。身につけて初めて見えてくることがあるんだから”

 「しゅうじゅく」という言葉の意味が分からなかったが、ヒロナにはやけに腑に落ちる部分があった。説得力のカケラもないはずなのに、親子という関係が麻痺させていたのかもしれない。
 ヒロナの中には、父親の言葉のカケラが散りばめられている。

 父は芸事の世界に魅せられ、家庭を顧みず、自分の世界だけを突っ走ってしまうどうしようもない男だ。弟に暴力は振るうし、母にも暴言を吐くようなヤツ。
 それでも、ヒロナが父を憎むことができないのは、父が一貫して夢を語り続けていたからだろう。

 父は常に夢を語った。
 人の悪口を散々言ったとしても、最後には前向きな言葉を使う人だった。
 それが、ヒロナにとっては救いだった。

“夢がなくて、どうしてこんなつまらねえ人生を生きていけんだ。暇つぶしだぞ、こんなもん。だから、もっとラクに考えろ”

 卒業を間近に控え、ヒロナは何度も自分の夢について考えるようになった。
 勢いで大学受験をやめ、音楽アーティストとして生きる道を選んでしまったが、これから先、自分はこの道を歩んでいくことができるのだろうか・・・。
 親や先生に説明をしなければいけないから、自分で決めたことだと表明してきたが、正直なところ、本当の気持ちかどうかは分からない。

 ミウの大学受験に続き、次はユキトの高校受験が始まった。
 この春から、幼馴染は大学生になり、弟は高校生になる。

 みんな、どんな夢を抱いているんだろう。
 何を習熟していくんだだろう。

 ヒロナは、なんのために受けているのか分からない三学期の授業中に、ボンヤリと考えていた。隣に座るミウは、真剣にノートを取っていた。
 もうすぐ高校最後の音楽祭が始まる。
 学生時代に行う最後のライブだ。
 
 高校から始めたバンド活動。
 努力は、嘘をつかないのだろうか。
 その答えが、音楽祭で見つかる気がした。


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