【小説】 眠い
文化祭当日だっていうのに、どうしてこんなに眠いのだろうか。
ミウは何度もトイレで顔を洗った。鏡を見てる間は眠気もなくなるし、顔もパッチリと起きているのに、トイレから出た途端に眠くなる。
すれ違う友達は何事もなかったかのように「おはよう!」と挨拶をしてくれた。だから、私もなんとか言葉を返した。
歩いていても眠くなることに小さな恐怖を抱き、朝から保健室にも行ってみたが、単純に「睡眠不足と生活リズムの改善」と言われてしまった。
そんなに乱れた生活をしていただろうか。ミウには先生の言ってることを素直に受け止められなかった。
「ああ、眠いなあ。おはよー」
ヒロナが目を擦りならがクラスに入ってきた。幼馴染の親友で、同じ高校を受験して、クラスまで同じになって、ついにはバンドも一緒に組むことになった。しかもそのバンドは芸能プロダクションからスカウトされ、少しずつメディア活動が増えている。ワンマンライブでは若い観客が会場を埋め尽くすほどの人気を手にし、学校では自分たちの存在を知らない者はいない。ヒロナと一緒にいるというだけで、何重にも奇跡が重なっているのに、文化祭当日に眠気に襲われるという点でもリンクするなんて。
「ヤバい、私も死ぬほど眠い」
前の席に座るヒロナに向かって言った。
朝早くに行われたバンドリハーサルの時から睡魔は襲ってきていた。自分が弾くベース音に心地よくなり、演奏しながら寝そうになるほど。しかし、身体が覚えているというのはすごいもので、どれだけ眠くてもリズムが乱れることはなかった。
ミウは素直に「リハの最中に寝そうになっちゃった」と伝えた。たぶん、自分でも感じたことのない睡魔だったのだろう。
「ねえ、私もなんだけど! 口が裂けてもマキコちゃんに『眠い』なんて言えないから必死だったもん」
マキコは今回初めて文化祭ライブの仕切りをやっている。これまでヒロナが担ってきた演出面や事務作業のほとんどを彼女がやることになった。いや、やらせることにした。
だからこそ、先輩の私たちが「眠い」なんて言ったら彼女の気持ちを踏みにじることになってしまう。
でも、眠かった。
「私もそう思ってさ。でも眠すぎるから、これは異常だなと思って保健室にも行ってみたんだけど、睡眠不足と生活リズムの乱れって言われた」
「天気の影響なのかな。気圧の変化に影響されてるとかも言うし。あれ、アキちゃんは?」
ミウは窓際の席を指した。
そこには机に突っ伏してる子がいた。ハタから見たら、誰だが全く分からない。手と髪の毛で顔が完全に隠れてしまっているから。
「あれがそう?」
「うん」
「寝てるの?」
「そうでしょ」
「なんだ、みんな眠かったんだ!」
ヒロナはアキが寝ている前の席に座り、机に突っ伏した。三年生は自由登校日になっているため、座席に指定はなかった。文化祭当日の朝に集合するクラスメイトがそもそも少ないのに、机で突っ伏して寝るなんて。なんとも不思議な光景だった。
ミウは眠っている二人の光景を見ながら、大きなアクビをし、アキの後ろの席に座って、机に突っ伏した。
1200字 1時間30分
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