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机の下のキック (ヒロナ)

【ヒロナ】

 「明月祭ってこんなに大変なんですね」

 「確かに初めてだと驚くよね! 外から見てる景色と内から見えるモノって全然違うもんね。でも、マキコちゃんはよくやってるよ」

 明日の流れの確認のため、クラス、部活、有志のリーダーは文化祭実行委員の最後の作戦会議に参加しなければいけない。
 バンドのリーダーとして参加する私と、クラスのリーダーとして参加しているマキコちゃんは隣同士の席に座った。
 クラスを仕切りながらもバンドの追い込みについて来れるなんて本当に凄い。昨年はミウが同じ目に遭い、今年はクラスリーダーを辞退していた。

 「いやいや。だって私のクラスの出し物はメイド喫茶ですから。そんなに負担ないんですよ」

 「ううん、それでも人の前に立つのは疲れるもんなんだよ。だから、凄いと思う。私たちが卒業する頃にはマキコちゃんの存在感エグくなってそう」

 マキコちゃんには天性の華がある。そのことを本人も自覚しており、華を咲かせるべき場所もちゃんと選んでいる。それが彼女の強みだし、近くにいても清々しい。
 せっかく、恵まれた容姿と華を持ち合わせているのに、土の下に潜ってしまっては意味がない。光と水を与えたら、どんどん華は大きくなるのだ。アキちゃんとマキコちゃんの違いはそこにあると思う。
 実はアキちゃんも、マキコちゃんと全く同じ境遇にある。容姿にも恵まれ、華もある。ただ、それを彼女は自覚していないし、そんな場所が好きじゃなさそうだ。

 「はあ、明日のライブ大丈夫かなあ・・・」

 「嘘でしょ? この1週間死ぬほど練習したのに?」

 「だって、ほとんどミウさんの練習だったし、忙しすぎて記憶なくて。あんまり練習した実感がないんですよー」

 マキコちゃんが嫌われないのは、努力する才能があるからだろう。いつでも完璧な生徒を演じるために、他人に隙は作らない。そのための努力を裏でしている。人前ではいつも笑顔を作っているし、スクールカーストのピラミッドの中には入らないようにしているらしい。バンドに加入したことが、それを証明できたと言っていた。
 うがった見方をすれば、“自分は別枠”というブランディングをしているようにも感じられるが、本人はそこまで考えていないだろう。

 バンドに入った当初は殻があったマキコちゃんだが、この夏休みを経て、私たちだけには弱音を吐いたり、失敗や改善を繰り返したりと、普段の涙ぐましい特訓姿を晒してくれた。

 「じゃあ、これから、文化祭の最終確認を始めさせていただきます!」

 実行委員の声がかかると、マキコちゃんは瞬時に背筋を伸ばして、模範優等生の姿に変身した。バンドの中ではこれを女優モードと呼んでいた。バカにしているワケではなく、むしろ心配して、そう呼んでいた。

 「でた、女優モード!」

 小声で囁くと、彼女は私にチラリと視線を送った後、机の下で小さく蹴ってきた。
 この生き方が彼女の運命なのかもしれない。
 本人も特に苦しそうな様子もなく、ごく当たり前に女優モードに入る。もしかしたら、女優モードが日常で、私たちに見せているリラックスモードが非日常なのかもしれないと思わせるほどだった。

 「今回は初の試みとして昼休憩の時間を利用して、「HIRON A’S BAND」のワンマンライブを開催することになりました。全国バンド大会で観客賞を取ったり、ライブハウスでライブをしたりと、高いクオリティのパフォーマンスを披露してくれますので、ぜひ、皆さんも一緒に盛り上げてください。茂木さん、よろしくお願いします! 楽しみにしています!」

 「はーい! ありがとうございます! 照明チームにはちょっと無理を言ってしまうかもしれないですが、明日の朝のリハーサル、よろしくお願いします!」

 学校が私たちに期待をしているのが伝わった。この一年間の活動で、「活発なガールズバンドがある」と認知させることができた。去年とは違い、今年は実行委員の照明チームの力を正式に借りることができるため、それだけでクオリティも上がりそうだ。

 「あたしたちって、注目されてるんですね・・・?」

 マキコちゃんが小さく呟いた。女優モードのまま。表情を変えずに口元だけを動かしている。
 事務的な連絡をする場所なのに期待されていることを感じたことに驚いているようだった。

 「ありがたいよね。なんでか分からないんだけど、たぶん、注目されてると思う」

 注目されるということは、同時に霞んでしまう存在が現れるということだ。私たちのワンマンライブが決まったことで、バンドの有志企画が消えてしまった。日に何度も騒音を出すわけにはいかないという学校の判断らしい。
 三年生バンドには恨まれているかもしれないし、後輩のバンドの芽を取ってしまっているのかもしれない。
 考え出したらキリがなく、そんな想いが自分を緊張させてしまう。とにかく、今は期待してくれている人たちと目一杯楽しむライブを設計するしかない。

 「ちょっとゾクってきました」

 マキコちゃんは、女優モードのまま、こちらを見てフッと笑顔を見せた。
 力がみなぎっている。さすが女優だ。

 「武者振るいってやつ?」

 注目を重圧だと感じてしまう人もいる。期待に応えようという邪念が心を惑わせてしまう。
 最初のうちは悩んだこともあった。
 しかし、スカウトをされたこと。大会に出た経験。この一年で積み重ねが出来たからこそ、注目を力に変換できるようになってきたのだ。
 まだ、加入して間もないマキコちゃんだが、彼女が注目の重圧に耐えられるかどうかなんて杞憂に過ぎない。

 「もちろん!」

 会議室の中で囁かれた後輩の言葉には、妙な力を感じた。

 私は机の下で、彼女の足を蹴ってやった。

 
 1時間24分 2300字

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