見出し画像

スカウト  (ミウ)

【ミウ】

 大会はあっけなく終わった。
 変な話だが、今まで行ってきたライブの中で一番盛り上がらなかった。

 大会会場であるライブハウスに集合し、エントリーシートを記入。リハーサルの時間を待ち、出番になると出場。審査結果は後日のため、そのまま解散、帰宅する。
 審査員含め音楽に携わる人たちが運営することもあり、環境には恵まれていた。最新の機材や照明、音の響きはもちろん、効率化を図るため開会の言葉的な無駄な時間はない。過ごしやすい空間であると同時に、どこか事務的で無機質な進行に寒気もした。
 これがリアルな大人の世界なのかもしれない。青春の「せ」の字もなかった。

 大きな収穫は、いろいろなバンドを見ることができたことだ。
 同世代の子たちのレベルの高いパフォーマンスに、自分たちが住んでいる世界の小ささを実感する。そもそも大会に出たいと思うようなバンドは、皆、自信があるから参加するのだ。文化祭で楽しく披露する程度のレベルのバンドは一つもなかった。とても刺激的で、自分の中で影を潜めていた闘争本能が掻き出されたように溢れてきた。
 誰もがこの大会にナニカを期待している。それは私たちも同じだ。
 賞金があるわけでもないし、優勝してもプロになれるワケでもない。ただ、自分たちの音楽を大人たちに正当に評価してもらえるだけ。そんなことは分かりきっているはずなのに、参加者たちの顔はキラキラと希望に溢れていた。

 “やりがい”こそが自分のたちのモチベーションなのかもしれない。

 「HIRON A’S BANDの皆さん、ありがとうございました」

 なんの手応えもなく、練習通りに自分たちが楽しみながら演奏を終えた。質の高いマイクやアンプ、ドラムの響き方が違うことに思わずテンションが上がり、練習以上にお互いの音楽を聴き合った演奏になった。
 機械的なアナウンスに誘われ、予定通り帰り支度を始めていると、周りから強い視線を感じるようになった。演奏前とは明らかに違う。異物を見るような痛い視線だった。

 「あたしたちって、もしかしたら、凄いのかもしれないですね・・・」

 他人からの視線に慣れているマキコは表情を変えずに呟いた。小声とはいえ、みんな彼女の言葉が聴こえていたはずなのに、誰も何も言わなかった。

 「この感じ。あたし、何度も経験してきたんですけど」

 過去一番盛り上がらなかったライブだった。オーディエンスは他のバンドしかいないし、審査員が何かを評価しているという状況だ。
 自分たちは楽しめたとはいえ、どこか不完全燃焼感があったのに。周りからの熱視線に、身体が強張っている。
 
 「これは『キミは人と違う魅力がある』と思われている視線です」

 他人が聞いたらマキコは変人扱いされてしまうだろう。自惚れていて、自信過剰だと思われるかもしれない。しかし、私たちは彼女の分析を素直に受け止めた。
 彼女は誰もが認める美人で、たぶん、こんな視線をずっと浴びてきたんだと容易に想像できたからだ。

 「自己評価と周りからの評価が違うじゃないですか? でも、この視線が世間が出した答えなんです」

 この痛い視線が? 世間の答え?
 痛いと思っていた視線をゆっくりと再確認すると、そこには称賛を感じることができた。特にアキとマキコが多くの視線を集めていたように思う。大人たちも「あの子たちは何者なんだ?」とコソコソと話しているのが分かった。
 マキコはさらに自分の存在を大きく見せるかのように堂々と歩いたが、アキは恥ずかしそうに、私とヒロナの後ろに隠れてしまった。
 
 「堂々とした方がいいですよ。最初が肝心なんです。ペコペコしたり、謙遜なんてしてたら、すぐにスキをついてきますよ」

 マキコのあまりにも真剣な表情に、思わず笑いが込み上げてきた。ギターやベースを背負い、機材を持ち運ぶ姿を見ていると、戦場を歩く兵士のような感覚になる。マキコは一体、誰と戦ってきたのだろうか。
 しかし、彼女の本気の空気に誰も茶化す者はいなく、素直に従って会場を後にした。

 「すみません、HIRON A’S BANDの皆さんですよね? 少しだけお時間ありませんか?」

 会場の出口で今後の審査の流れなどの説明を受け、会場を後にしようと思っていると、短髪でマスクをつけた清潔感のある男性が話しかけてきた。青みがかったスーツに真っ白なTシャツ。決して堅苦しくなく、かといってカジュアルすぎない大人の気品を漂わせている。

 「私、芸能プロダクション“プレジャー”の阿南と申します」
  
 一人一人に名刺を渡されたが、思考が止まっているのが分かる。
 芸能プロダクションという言葉に慄いていた。話を聞く前から、「スカウト」「デビュー」という華やかな文字が頭に浮かび、口の中が乾燥する。心臓が高鳴る。自分で分かるほどに動揺していた。

 「今日のパフォーマンスを見させていただきました。高校生離れした圧倒的なクオリティに感銘を受けまして、皆様の今後についてのお話を伺えたらと思ったのですが・・・」

 なんて答えていいか分からない。阿南さんの言葉の意味は理解できるのに。同じ日本語を話しているのに。自分の知っている単語をどう駆使していいかが分からず、パニックになっていた。

 「嬉しいです! ありがとうございます! 私たちも阿南さんの話が聞きたいでのですが、一度親と相談したいなと思っています。それでも大丈夫でしょうか?」

 口を開いたのはヒロナだった。バンドの手続きや面倒な事務作業をやってきた彼女は大人との対応にも慣れた様子だった。冷静キャラを謳っている自分がまるで使い物にならず、明るく元気で快活なヒロナが大人と対等に会話をしていることに恥ずかしくなった。

 「ああ、ごめんね。そうだよね。あまりにも興奮してしまって。勢いに任せて声をかけてしまいました。失礼しました。もちろん親御さんとも話し合ってみてください。気が向いたら名刺にある電話番号かメールの方に連絡をしてください! お待ちしております。すみません、ライブ終わりに驚かせてしまって・・・」

 阿南さんは丁寧にお辞儀をして再び会場に戻って行った。
 狐につままれたような、空白の時間が生まれた。
 これは夢なのか。現実なのか。

 「あらら、私たち、本当に凄いのかもね」

 ヒロナは名刺を指で挟みながら嬉しそうに言った。

 「ね? やっぱり、そうだったでしょ?」

 マキコも楽しんでいる。

 私とアキだけが、まだ現実に戻ってこれずにいた。
 

 1時間48分 2600字 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?