ギターの汗 (マキコ)

【マキコ】

 あたしの名前を呼ぶ声が聞こえる。
 黄色い声と、茶色い声が混ざって混沌としている。

 「こんにちは「HIRON A’S BAND」です」

 全てをリセットしてくるような真っ白な声がマイクに響き、空間に道標が示されると、観客はそこへ向かって走り出した。
 CDも出していなければ、テレビにも出たことがない、ただの高校生ガールズバンドなのに、体育館特別ステージには多くの人が押し寄せた。

 「全国バンド大会で観客賞をもらった」という宣伝が響いたのかもしれない。これはミウさんの彼氏である文化祭実行委員の中草先輩のおかげだ。
 チラシはもちろん、校内アナウンスで何度も放送されていた。

 お昼だったこともあり、昼休憩中の同級生、出店で食べ物を買って休憩がてらに覗いてくれた人。リハーサルスタジオの店員さん、バンド仲間。老若男女。大人から子どもまで。
 人と食料の匂いが混ざり、お祭りの匂いに変わっていた。

 「今日は、よろしくね」

 歌ってもいないのに、相手を包み込むようなアキさんの声に、会場が魅了されているのが分かる。これだけは努力で手に入れることができない本物の才能だと思う。
 客席の盛り上がりに呼応して、背中からドラムスティックの音が聞こえた。
 合図に合わせて反射的に肩に下げたギターを鳴らすと、いつの間にか最初の曲が始まっていた。

 あれ? あたしのMCは?

 アキさんの次には、私が喋る段取りだったのに、ヒロナさんは始まって当然と言わんばかりに力強くドラムを叩いている。
 心の中でツッコみを入れると、思わず笑みが溢れてきた。確かにタイミング的にも、曲の始まりにはベストだった。段取りよりも、今、最高に楽しめる選択をしたヒロナさんに不満はない。
 でも、やっぱり、ちょっと、悔しかった。

 「「HIRON A’S BAND」初ライブ! 最後まで楽しんでいってねー!」 

 マイクに向かって、反抗するように力強く叫んでやった。
 すると、曲を追いかけてくるように、前方の照明が一斉に明るくなった。 
 目を引っ掻くような眩しさで、一瞬、目の前が暗くなったが、お客さんの盛り上がる声と、自分たちの音楽だけはしっかり耳に届いていた。
 ジワジワと目が慣れてくると、目の前に広がる大勢のお客さんの姿に鳥肌が立った。

 最初の曲は、毎回演奏する一番盛り上がるポップな曲とはいえ、オリジナルソングにここまでお客さんが盛り上がるとは想像していなかった。
 お客さんの中には、驚きで口が開いたままの人もいて、私にとっては同級生の前で披露する初めてのパフォーマンスだったこと思い出した。
 まだまだヘタクソとはいえ、芸能プロダクションにスカウトされたこと、大会で賞をもらえたことは大きな自信になっていたのは間違いない。
 そして、何より、自分で自分を褒めてあげたいほど、練習をしたことが自信に繋がっている。
 お客さんの驚く顔には、オセロをひっくり返すような爽快さがあった。

 大会やライブハウスでの演奏を先に経験してしまっていたせいか、同級生たちの等身大のリアクションが返ってくることが、こんなに嬉しいとは知らなかった。
 「最近の若者は偏ってる」なんて言われるけど、私たちの方が、よっぽど素直で純粋な目を持っているのかもしれないと思った。
 知らない曲だろうが関係なく、観客は手を叩き、波打っている。
 私たちの演奏を存分に楽しんでくれている。

 最前列のあの人以外は・・・。

 意識しないようにすればするほど、母の姿が目に入ってきてしまう。違う空間にいるのかと思うほど、微動だにせず、こちらをじっと見ている。あまりの静かさに、周りのお客さんは空気のように扱っているが、明らかに異様な空気を放っている。
 光るような鋭い視線に、メンバー全員が気付いているに違いない。
 
 どうしてここでも邪魔をするの・・・?

 余計なことを思ってしまう時は、メンバーの顔を見ることにした。アキさんを見ると、すぐにこちらの視線に気付き笑顔を返してくれる。ミウさんは「よそ見してるんじゃないよ」と目で訴えかけてくる。ヒロナさんは「大丈夫、大丈夫」と背中を押してくれた。

 どう? これがバンドよ? ここにいる素敵な人たちが仲間なの。

 伝われ、伝われ、伝われ、伝われ。
 ギターをかき鳴らし、叫び続けた。
 このまま、別世界に連れて行ってやる。

 ・・・パツンッ

 ゴムが弾けるような、鋭い音が聞こえてきた。
 音楽は鳴り続けているが、弦を抑える指の感覚が変わり、ピックを弾き返す力が弱くなった。
 視線を落とすと、ビヨンビヨンと弦が釣り糸みたいに垂れているのが目に入った。照明を反射し、キラキラと光る一本の筋は、ギターから流れる汗のようにも見える。

 弦が切れた。

 想いが、そのままに力みに繋がっていたらしい。
 初めての経験に、頭の中がこんがらがってしまった。
 
 弦が切れた。

 目の端に映る、母の口角が少し上がった気がした・・・。


 2000字 1時間53分

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