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【小説】 リオン。


 会場ロビーに出ると、ピアノの男の子の周りには人だかりが出来ていた。大体そうだが、自分が考えていることは、誰かも同じことを思ってる。自分だけが気付いたと得意気になった時には、すでに世界に気付かれている。そういうものだ。
 ヒロナ、ミウ、アキの3人は、遠巻きに男の子の様子を伺った。
 自分もバンドをしてるから分かる。演奏にはエネルギーを使うのだ。全身の毛穴が開き、身体の内側から湧き上がる力を使う。
 彼は、まだ汗に濡れたままの髪が額にはりついていた。それなのに、青白い顔色をしている。目は大きて、少しまつ毛が長くて、滑り台のような高い鼻。口が小さく猫みたいにキュッとしている。ピアノが大きく見えた理由が分かった。背は低く、女子の人だかりにすっぽり隠れてしまっている。
 誰が見ても整った顔立ちなのに、無造作に乱れた髪で顔を隠す感じは、どことなくアキと似ている。彼は、はにかみながら、女の子たちと共に写真を撮っていた。
 群がる女子たちは、一緒に写真は撮るくせに、本人に話しかける者は誰もおらず、「やっぱりイケメン」と静かに黄色い声だけが飛ぶ。彼の前には列ができ、学年問わず礼儀正しく並んでいた。

「ほら、ヒロナも並びなって」
 ミウにぽんと背中を押され、ヒロナを筆頭に3人は最後尾についた。
「や、や、やっぱり、もうファンができてるみたいだね」
 アキの呟きにヒロナは「う、うん」と、わけのわからない相槌をうつ。自分の気持ちに整理をつけることができずにいた。
 なんかこの感じ、経験したことがある気がする。
「ねえ、あの人、アキちゃんに雰囲気似てない?」
 思わず口に出してしてまう。するとミウは、ハッと瞳孔を開かせた。
「私も思った! アキに初めて会った時を思い出したもん!」
「そ、そ、そうかな? 私より、明るい気がするけど・・・」
 その時、列前方から女子の声がした。
「リオンくん、ありがとう!」
 声に対して男の子は所在なげに一礼する。
「リオンっていう名前なんだ・・・」
 私の心を読んだみたいに、ミウが呟いた。

“リオン・・・”

 男の子とも女の子とも分からない、不思議な音が、ヒロナの耳の奥で反響した。スピーカーから次のクラスの合唱が聞こえてくる。ピロローンと気の抜けたピアノの伴奏。これが、普通の高校生のどこにでもある伴奏なんだ。
 身体に染み込んだみたいに、リオンのピアノの音色が蘇った。
 彼は今、カメラのシャッター音の中にいる。
 ピースをした指が、やけに長く見えた。

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